加藤浩子の旅びと通信 第4回  過ぎてみれば想い出深し、「トラベル」での「トラブル」

こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」
などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第4回目をお届けします。


ドレスデンに建つザクセン州立歌劇場


こんにちは。加藤浩子です。

「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第4回目の今回は、旅につきものの「トラブル」のお話です。

同行させていただいている音楽ツアーが2000年の「バッハへの旅」にはじまった、
というお話を第1回でいたしましたが、翌2001年は、この年没後100年を迎えた
イタリア・オペラの大作曲家ヴェルディを訪ねる「ヴェルディへの旅」を催行しました。
まだ、阪急交通社さんにお世話になっていた時代です。

2005年からは「郵船トラベル」さんの主催で音楽ツアーを続けていますが、
同行ツアーの柱は、「バッハへの旅」と、ヴェルディをはじめとするイタリア・オペラを中心としたオペラツアーです。
今回は、オペラツアーのこぼれ話です。

さて、旅には「ハプニング」がつきものです。嬉しいハプニングに越したことはないですが、
「トラブル」に巻き込まれることもしばしば。けれどトラブルというものは、その時は困っても、振り返ってみれば「いい想い出」になることがよくあります。
不思議なもので、トラブルを乗り切った旅の仲間は、結束が固くなることが多いのです。
「あの時は大変だったね〜」と語り合うのは、それはそれでとても楽しいもの。
そして、トラブルを乗り切った後に、嬉しいハプニングがあったりすれば最高です。

私にとってとても想い出に残っている「トラブル」ありの「トラベル」は、2008年に催行したオペラツアーでした。題して「ヨーロッパ名門歌劇場めぐり」。ドイツ、ドレスデンのザクセン州立歌劇場で《リゴレット》、ロンドンのロイヤルオペラハウスで《ドン・カルロ》と《フィガロの結婚》、そしてブリュッセルのモネ劇場で《運命の力》を鑑賞するという内容です。


ザクセン州立歌劇場内部


ザクセン州立歌劇場内部


いちばんの目玉は、《リゴレット》のマントヴァ公爵を、人気テノールのファン・ディエゴ=フローレスが歌うことでした。
これはフローレス にとって初役で、大変な話題になりました。チケットは早々にソールドアウト。共演者も、今やネトレプコと並ぶオペラ界のスター・ソプラノとなったディアナ・ダムラウ、やはり世界のヴェルディ・バリトンとして活躍するジェリコ・ルチッチなど贅沢でした。

それ以外の公演も、ロンドンでの《フィガロの結婚》にはイタリアの名ソプラノ、バルバラ・フリットリに、華のあるバスバリトンのイルデブラント・ダルカンジェロ、《ドン・カルロ》にはやはりイタリアの名バス、フェルッチョ・フルラネット、スター・バリトンのサイモン・キーンリサイドに、その頃人気絶頂だったテノールのロランド・ヴィラゾンなど、人気歌手が顔を揃えていましたし、モネ劇場の《運命の力》は、音楽監督を務めていた大野和士さんの最後のシーズンの最終公演にあたる、これまた話題の公演でした。そのような内容でしたので、あっという間に満席になった人気ツアーだったのです。


ドレスデンの街並み(遠くに州立歌劇場の建物が見える)


最初に鑑賞した《リゴレット》は、歌手に加えてファビオ・ルイージの指揮も素晴らしく、とても充実した公演でした。終演後はホテルのレストランで、イタリア料理をいただきながら余韻に浸りました。終演後にメンバーと感想を話し合えるのも、ツアーの魅力です。

トラブルはその翌日、ロンドンへの移動日に起こりました。
ドイツ全土を嵐が襲い、搭乗する予定だった飛行機が欠航してしまったのです。
欠航が決まったのは、暗い空が垂れ込める飛行場で出発を待っている時でした。

こういう時は振替の便が用意されるのですが、何しろ大嵐でどこもかしこも欠航便だらけ。
添乗員さんが航空会社と懸命に交渉してくれるのものの、なかなか便が決まりません。
ロンドンへの直行便は初めからなかったので、乗り継ぎ便になるわけですが、プラハ!を経由して行けと言われた時は思わず絶句してしまいました。
それもプラハからもう一度乗り換えをしなければならないとのこと。ロンドン到着はいつになってしまうやら、です。

添乗員さんが粘ってくれて、結局、グループを二手にわけ、一つはデュッセルドルフ経由、一つはフランクフルト経由で飛ぶことになりました。

私はデュッセルドルフ組についたのですが、デュッセルドルフに着いてからロンドンまでの便を確定するのがまた一苦労。
結局デュッセルドルフ空港に隣接したホテルに一泊することになったのですが、ホテルに着いたのは真夜中近くでした。おまけに出発は早朝。1日の大半を空港で過ごす羽目になってしまったというわけです。
フランクフルト組はどうなったのかと気になりつつ、部屋に入るとそのままベッドに倒れ込んでしまいました。
翌朝、寝ぼけ眼をこすりながらロンドンの空港で入国審査に並んでいる時に、偶然フランクフルト組と遭遇!した時は、それは嬉しかったものです。「無事を喜び合う」とはこのことかと痛感した瞬間でした。





ロンドンのロイヤルオペラハウス


ロイヤルオペラハウスの内部


けれど、苦労の後には喜びが待っていました。
ロンドンで充実した公演を楽しみ、ユーロスターでブリュッセルへ。
市内観光に加え、モネ劇場のバックステージツアーを楽しんだり、美しい古都ブルージュを訪れたりと観光も満喫した後、いよいよ最後の公演《運命の力》へと向かいました。

ブリュッセルのモネ劇場は、かつての造幣局の跡地に造られ、その名残でフランス語で「貨幣」を意味する「モネla monnaine」の名がつけられた、由緒ある劇場です。
内装はシックで、客席は1152席とヨーロッパのオペラハウスとしては程よい規模。音響にも定評があります。

この時の《運命の力》のキャストには、現在ドラマティック・ソプラノとして世界的に活躍するエヴァ=マリア・ウェストブロックをはじめ、カルロ・コロンバーラ、ホセ・ファン=ダム、マリアンネ・コルネッティら実力のある歌手が揃っていましたが、何と言っても大野和士マエストロの爽快でメリハリが利いた音楽が最高でした。
平土間の前から三列目で見られたので、舞台も音楽も大迫力。大野さんが口パクで歌っているようすもわかりました。
なんとモネ劇場にはプロンプターがおらず、大野さんがプロンプタ−の役割も果たしていたようです。終演後の拍手もマエストロ大野がダントツで、客席からもオーケストラピットの中からも花が投げられていました。


ブリュッセル中心部 世界で最も美しい広場といわれるグランプラス


嬉しいハプニングは終演後に起こりました。
大野さんの音楽監督任期満了を祝って、舞台上でちょっとしたセレモニーが予定されていたのですが、大野さんのご好意で、ツアーメンバーもその場に参加できることになったのです。

劇場総裁の謝辞。オーケストラメンバーからの感謝の言葉。数々のプレゼント。
大野さんが、モネ劇場にとって初めての日本ツアーを実現させたことへの感謝も多く聞かれました。
日本語で「大野さんに感謝!」と書かれたTシャツを着ているオーケストラメンバーも見かけました。
マエストロはにこやかにそれを受け、ウイットに富んだ謝辞を返されました。海外生活を支える奥さまのゆり子さんは、真っ白なスーツに身を包み、魅力的な笑顔と流暢なフランス語で対応しつつ、ちょっぴり緊張の面持ち。ヨーロッパの第一線の歌劇場で活躍するマエストロが現地のスタッフの愛情と信頼を勝ち得ていることを実感した、貴重なひと時でした。

公演の後、ブリュッセルの星付きレストランで行われた旅の最後の夕食会には、モネ劇場のオーケストラに属していた日本人の女性ヴァイオリニストも参加。旅の前半の苦労を吹き飛ばすように、大いに盛り上がったのでした。

現在、新国立劇場のオペラ部門芸術監督として、新国立劇場に新風を吹き込んでいる大野さん。モネ劇場や、その後首席指揮者を務められたフランスのリヨン国立歌劇場などでの経験が大いに役立っていることは、間違いありません。
そしてトラブルを乗り越えたこの時のメンバーはとても仲良くなり、ツアー終了後も何度か交流の場を持ったのでした。

山あり谷あり。旅は、人生とちょっと似ています。



最後に、大野和士さんが解説を務める新国立劇場の人気シリーズ、「大野和士のオペラ玉手箱」の動画をお届けします。大野マエストロのお話と、日本人の第一線の歌手の歌で、オペラの名曲が紹介されます。お家での時間にぴったりです。




第4回 過ぎてみれば想い出深し、「トラベル」での「トラブル」
いかがでしたでしょうか?

加藤浩子氏のオペラ関連書籍をいくつかご紹介します。

◆書籍のご紹介◆
オペラで楽しむヨーロッパ史 (平凡社新書) 2020年3月新刊!
オペラでわかるヨーロッパ史 (平凡社新書)
ようこそオペラ! ビギナーズ鑑賞ガイド(春秋社)


加藤浩子氏プロフィール&過去ツアー実績、著書等の紹介はこちらから






投稿者名 musica 投稿日時 2020年06月18日 | Permalink