若葉の緑 山の碧 水のせせらぎ 

やわらかな若葉の季節を満喫するために京都・叡山電鉄に乗って鞍馬まで。
現在放映中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に出てくる源義経が修行した山なのでどんなものかとの興味もあり、強力なパワースポットでもあることも背中を押しました。ほんの少し鞍馬寺を見るつもりが所々にある、あと○○mの表示に導かれて奥へ奥へと進んでしまい、引き返すも地獄のため、ええいっ!とばかりと山越えして貴船神社までの道のりを歩く羽目に。コロナ禍中の運動不足で息も絶え絶え、汗だくになりつつも見事な緑に癒されながら赤い鳥居の貴船神社までたどり着いた時は達成感でいっぱい! 


レトロな駅舎の叡山電鉄 鞍馬駅


不動堂 ここからひたすら下り貴船神社へ


貴船神社に到着


水占みくじ

貴船神社は水の神様を祭っており、水占みくじがあります。早速挑戦しますと中吉でした。水に浮かべて徐々に文字が浮き上がるのはとても面白いですね。
貴船は京都の奥座敷、夏場は涼を求めて川床料理を楽しむところ。すがすがしい天気で、真夏の様な日差しの中に川でくつろぐアオサギが涼しげで好ましく、川のせせらぎの音は心を癒すものでした。 なぜこんな豊かな自然のなかでマスク姿でいないといけないのか。まず国内旅行から勇気をもってでかけると旅する喜びの感情がよみがえります。もっと気兼ねなく、国内、海外旅行へも出かける機会が増えることを願うばかりです。


飄々としたアオサギ


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投稿者名 Andante 投稿日時 2022年05月13日 | Permalink

花・花・春、やっぱり桜

年度末、新年度と何かと慌ただしい今日この頃。桜の便りが各地で続々と届いています。
少し前は、ハクモクレンも満開でしたし、雪柳も次々と咲き始め白い花々がとてもきれいで
色彩豊かな春の到来を嬉しく思います。
ミモザの煙るような黄色も大好きですが、やっぱり日本の春の花の代表と言えば桜!
桜の淡いピンクの色合いと咲き始めから、ふんわりと香りが漂い、やがて散り初め、若葉になっていく一連の推移が素晴らしいですよね。


ハクモクレン


雪柳


日本の和菓子は季節とともにあり、桜の季節は何といっても「桜餅」。この桜餅、関東と関西では違いがあります。
関東風は長命寺(ちょうめいじ)と呼ばれ、小麦粉などの生地を焼いた皮で餡を巻いた、クレープ状のお餅、関西風は道明寺(どうみょうじ)と呼ばれ、道明寺粉で皮を作り、餡を包んだ饅頭状のお餅です。
いすれも各土地では単に「桜餅」と呼ばれ、販売されているようです。


関東の桜餅(右側)


関西の桜餅


花冷えという言葉もある、日本の春。
明るい日差しと暖かさから急転直下、冬の様な気温に急変することもございます。
夜桜を鑑賞に行かれる際は、油断大敵です。
急な寒さにも気を付けてお出かけください。



投稿者名 Andante 投稿日時 2022年03月31日 | Permalink

ポンペイ展の炭化パンに想うこと

自然災害の多い日本。火山の噴火により埋没した古代都市ポンペイの遺跡には以前からとても興味があり、開催中のポンペイ展を訪れてみました。
ポンペイが埋没したのは79年のことで、1943年も前のこと。大河ドラマで話題の鎌倉時代よりも1000年も前の弥生時代あたりとのこと。展示された遺跡の数々を見てみると、とてもそんな昔のこととは思えない、とても高度な技術で作られた絵画や彫刻、工芸品があり驚きを禁じ得ませんでした。そのなかで一番印象的だったのは「パン」です。きれいに焼きあがった大きな丸いパンがそのまま炭化しており、きっと焼きたてでハードタイプの塩パンじゃないかなとも思え、人々の胃袋に収まりもせず、街もろとも眠らされたのは実にお気の毒。炭化したパンの近くに当時のパンを描いた絵画もあり、そのパンがポンペイの人々の主食だったんだろうなと切なくなりました。豪邸のリビングテーブルの見事な彫刻の足や邸宅の庭の彫刻像、巨大な金庫も素晴らしかったですが、なんとも身近なパンに一番心が動かされました。庶民の暮らしが一瞬にして奪われたことがひしひしと感じられるからです。ポンペイ遺跡の発掘はまだまだ続いています。その発掘により災害への備えなどの教訓にもなりうるものだという、会場で公開されてる動画の中で語られた現地のスタッフの話にそんな意義もあったのだと再認識させられました。海外旅行が再び何の気兼ねもなく再開されたら是非、今度は実際にかの地を訪れたいものです。



炭化したパン
出来上がりのそのままの形です。つまみ食いもしてません。
ほんとの焼き上がりの色は右の絵のようだったのでしょうね。



投稿者名 Andante 投稿日時 2022年03月15日 | Permalink

春雨とともにミュージカル音楽を

「ウエストサイドストーリー」の映画がスピルバーグ監督作品で公開されたり、映画公開から70周年記念「雨に唄えば」の映画上映とともにフルオーケストラの生演奏公演が企画されていたり、なんだか近頃ミュージカル映画の話題を目にします。「ウエストサイドストーリー」はあまりにも有名で多くの方がご存じと思いますので、こちらでは「雨に唄えば」をはじめ、ミュージカル映画黄金時代の音楽について少し。
「雨に唄えば」の中で有名なシーンは主演のジーン・ケリーが雨の中を幸せな気分で歌い踊るもので、この映画を知らなくても挿入歌の「Singing in The Rain」は耳にしたことがある方も少なくないのではないでしょうか。
百貨店で不意に雨が降り出したら、お客様への雨対応開始を従業員にお知らせするために合図として流していることもありますね。
一般的に雨は憂鬱な暗いイメージですが、この映画の中では雨などなんのその、ずぶ濡れでも実に楽しくのびやかに歌い踊っていて、曲調も明るく、観ていてHappyな気分になります。
古き良き時代のMGMミュージカル映画には、他にも「オズの魔法使い」のOver the Raibowや「私を野球に連れてって」のTake Me Out to the Ball Gameが歌われており、「巴里のアメリカ人」では、I Got Rhythm、'S Wonderful、そしてAn American in Parisなど、ガーシュインの曲が全編にわたり使われています。
この時代の映画の主題曲や挿入歌が、今やスタンダードとなっているのも数多くあります。
これからの春真っただ中には、雨の日も増えるでしょう。
そんな雨の日のおうち時間に、Happyで肩の凝らない古き良き時代のMGMミュージカル映画を楽しむのもいいかもしれませんね。

※「雨に唄えばシネマオーケストラ」について詳しくはこちらからご覧ください⇒https://cineoke.info/on/singin_intherain/



投稿者名 Andante 投稿日時 2022年03月03日 | Permalink

コールユーブンゲン

なかなか物が捨てられないたちで、古いものはン十年前のものもあります。
最近改めて目についたのが、中学、高校の音楽の教科書、授業で配られた楽譜、そしてコールユンブンゲン。
置いていても読み返すことは、めったにないのですが本当に久しぶりに開けてみました。
なつかしい!中の書き込みや挟み込みのプリントから当時楽しく懸命に学んでいたことが思い返されます。
今ではこの書き込みの意味も何?ですし、ましてや音やリズムを取ることもできそうにはありませんが。





コールユンブンゲンを開いていると、こんな出来事がよみがえってきました。
音楽の授業はとても好きで、普通科でしたが高校時代にも予習、復習も欠かさずやっていました。
そのせいか、課題曲はいつも歌いこなせてましたし、音域も広く声量もありました。
高校1年のある日、音楽の授業で私が歌っているのをたまたま聞いた担任のM先生が
英語教師なのになぜか「上手い!」と感動したらしく、クラスルームの時間にみんなの前で
大々的に褒め上げた果てに「音楽の道に進んではどうか、声楽家になれるぞ」と
勝手に音楽教師に音楽の道に進みたいらしい生徒がいるので特別指導願いたいと頼んでしまいました。
ほどなく音楽教師は私を呼び出し「声楽家になりたいって本当?ピアノは習っているの?」と
専門でもない英語教師から強引に授業外の特別指導を頼まれたことがよほど気に障ったのか、この上もなく不機嫌な調子で聞いてきました。
「いえ習っていません」と答えるや否や「この年齢でピアノ習ってないなんて絶対無理、あきらめなさい」とけんもほろろ。
そのヒステリックな言い方にさすがにムッとして、M先生に褒められ、ひょっとして音楽の道を目指すのもいいかも、なんて思いかけてた気持ちも一瞬でしぼみ
「M先生が勝手に言い出しただけで、私は音楽の道に進みたいわけではありません!」なんて啖呵を切ってしまいました。
音楽教師は「あら、そうなのね」と途端に優し気な声音に変わったので現金なものです。
でも大人になった今、思うのは当時10代です。そりゃあ幼少からの英才教育もなく一流の声楽家にはなれないでしょう。
だけど、たとえ10代スタートでも、努力次第で音楽関連の仕事に就くことはできたかもしれません。
そんな可能性を引き出そうとしてくれた英語教師のM先生は、少々強引でおせっかいでも、とてもいい先生だったなとしみじみ思うのです。
この時の音楽教師の様に「常識」にとらわれることは「可能性」というものを見逃すこともあるでしょう。
古いコールユンブンゲンを開き思うことは「いくつになっても遅いことはない」のでは、ということ。
ましてや10代学生のわずかな可能性を見いだし、夢を抱かせ、応援することはとても夢のあることです。
そんな常識にとらわれない、柔軟な思考を持った大人でありたいと思います。

なんだかもう一度音楽の勉強を始めてみようかな、なんてね。


投稿者名 Andante 投稿日時 2022年02月17日 | Permalink