加藤浩子の旅びと通信 第8回  たかがドレスコード、されどドレスコード

こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」
などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第8回目をお届けします。

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こんにちは。加藤浩子です。
 「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第8回目の今回は、海外でオペラやコンサートを鑑賞する際の「ドレスコード」についてお話ししたいと思います。


グラインドボーン音楽祭 会場


 「この劇場では、何を着たらいいんでしょう?」
 オペラ、音楽ツアーの説明会の席で、必ず出てくるご質問です。
 ごもっとも。海外の、それも初めて訪れる劇場や音楽祭だったりすると、何を着ればいいか気になりますよね。日本人は周りから浮くことを気にする方が多いですから、なおさらです。
 ふだんオペラに行く機会のない方や、海外での鑑賞が初めての方は、ロングドレスやタキシードを準備しなければならないのでは?と考えてしまいがちです。ずいぶん前ですが、ハリウッド映画「プリティ・ウーマン」にも、ヒロインの娼婦が、恋人のお金持ちに連れられて、自家用ジェット機に乗り、タキシードにロングドレスでオペラ《椿姫》(娼婦が主人公のオペラ。わかりやすいですね)を観に行く場面がありました。アクセサリーは、片手で持つ金色のオペラグラス。主演の二人はリチャード・ギアとジュリア・ロバーツでしたから、それは格好良かったですが。
 オペラを観に行くなら、ああいう格好をしなければならないのでは?
 そう思っている方は、まだ少なくないようです。オペラ=とびきりの非日常、というイメージなんですね。
けれど、日本で実際にオペラ鑑賞に出かけている方ならご存知のように、今どきのオペラ公演ではノーネクタイ、ノージャケットはごく普通。おめかしをしている方もありますが、基本はかなりカジュアルなように感じます。足繁くオペラ公演に通われるファンの方にとっては、オペラは「日常」になっています。


ザルツブルク音楽祭 メイン会場の祝祭大劇場


ザルツブルク音楽祭 会場のひとつ、フェルゼンライトシューレのホワイエ


ザルツブルク音楽祭 2017年の話題公演、《皇帝ティトの慈悲》カーテンコール


では、海外のオペラハウスや音楽祭はどうなのでしょうか。
 これはもう、ケースバイケース、場所や機会によって様々なのですが、やはり、オペラや音楽祭が「日常」なのか「非日常」なのか、という点は大きいです。例えばミラノのスカラ座は、普段はカジュアルな装いの方も散見されますが、シーズンオープニングの日はみなさんとびきりの装いで現れます。その日はスカラ座が「社交界」の最高の役割を果たす日だからです。
 かつて、オペラはヨーロッパでも「非日常」の「社交場」でした。もともとが宮廷芸術ですし、19世紀のオペラハウスはブルジョワ階級の最高の社交場でした。20世紀に入っても、マリア・カラスが活躍していた世紀半ばごろの公演映像などを見ると、客席は申し合わせたようにロングドレスとタキシード。舞台上の歌手のドレスが地味に見えるほどです。
けれどそれから半世紀以上経って、オペラの世界もかなりカジュアル化が進みました。一部の有名オペラハウスは観光名所にもなっているので、地元民より観光客が多いような公演もあり、そんな時は特にカジュアルな方が目立つような気がします。
 カジュアル化の賜物でしょうか、個人的には、カジュアルな服装で出かけて失敗したという経験より、おめかししていったら浮いてしまったという体験の方が多いのです。けれど、そうやって経験を積むうちに、その国の文化に対する考え方とか歴史が見えてくることがあります。たかがドレスコード、されどドレスコード、なのです。


バイロイト音楽祭会場


バイロイト音楽祭会場 建物は簡素だが、音響は抜群


バイロイト音楽祭会場 休憩中の風景


ロンドンを代表するオペラハウス、ロイヤルオペラハウス 外観


ロンドンを代表するオペラハウス、ロイヤルオペラハウス 客席


ロイヤルオペラハウス ホワイエでくつろぐ地元の観客


オペラ=非日常。
そういう世界は、もちろんまだまだ残っています。
代表的なのは、前にあげたスカラ座のシーズンオープニングや、一部の夏の音楽祭。夏の音楽祭の代名詞ともいえるザルツブルク音楽祭や、ワーグナーが設計した劇場でワーグナー・オペラを上演するバイロイト音楽祭などは、歴史も長く、今なお非日常な「社交場」の世界です。ブラックタイにロングドレスが行き交うなかに身を投じるのは、それはそれで愉しいもの。
もっとも、不慣れというのは恐ろしいもので、ある時ザルツブルク音楽祭で、劇場のホワイエの階段を上りながら、はきなれないロングスカートの裾を何度も踏みつけていたら、後ろにいた現地の若い女性が、「こうするのよ〜」と裾をたくし上げて階段を上る方法を教えてくれました。汗。

音楽祭のフォーマル感と非日常感を味わえるとっておきの音楽祭は、イギリスのグラインドボーン音楽祭です。
会場は、貴族のマナーハウス。オペラ好きの貴族が自宅に劇場を作って始めた、いわば個人の道楽で始まった音楽祭ですが、今やヨーロッパの夏を代表する音楽祭の一つになっています。
とにかく、この会場が非日常。広々とした庭園は、そのまま牧草地に続いていて、「ピクニック」と呼ばれる屋外での食事を楽しむ人で賑わいます。その「ピクニック」を楽しんでいる人たちが、タキシードにロングドレスなのです。開演1時間以上前から会場に到着して庭を散策し、1時間ある休憩時間でのんびり食事を取り、終演後も庭やバールで余韻を楽しむ。もちろん顔馴染みとのお喋りを交えながら、丸1日をここで過ごすのです。これこそ夏の、正統な社交場といえましょう。これも、身分社会、貴族社会が色濃く残るお国柄ならではです。


グラインドボーン音楽祭 ホワイエ


グラインドボーン音楽祭 ピクニックの風景


一方で、年間を通して公演をしているオペラハウスのシーズン中の公演は、カジュアルな服装が目立つご時世になりました。
「ライブビューイング」が人気のニューヨークのメトロポリタンオペラ(ライブビューイングの映像で、客席がカジュアルなのに驚く方もいるようです)をはじめ、ウィーンの国立歌劇場、ミラノのスカラ座、ロンドンのロイヤルオペラハウスのような大劇場から、ドイツの地方の劇場まで、シーズン中の公演はカジュアルな装いの方が主流のように感じます。


メトロポリタンオペラ 正面


メトロポリタンオペラ 客席


メトロポリタンオペラ ホワイエ


特にカジュアル化が著しいのはフランスです。数あるオペラハウスの中でもとびきり豪華な建物を誇るパリ・オペラ座(旧オペラ座、ガルニエ宮)では、大理石やシャンデリアで飾り立てられた宮殿のような劇場には不釣り合いと思われるくらい、ジーンズやスニーカー姿の観客が目立ちます(もちろん、お洒落な方もいるのですが)。パリの下町と言えるバスチーユ広場に建つ、現代建築の代表格である新オペラ座(オペラ・バスチーユ)に至っては、劇場のモダンな空間も相まって、オペラハウスというより街の通りの一角にいるような気分になることもしばしばです。
かなり前にパリ・オペラ座が来日した時、協賛したテレビ局で特番を組んだのですが、その中で女優さんがパリで衣装をあつらえてオペラ座に行くシーンがありました。ところが、訪れたオペラ・バスチーユの観客層はポロシャツのようなカジュアルな服装が大半。豪華なイヴニングドレスが、浮いてしまっていた記憶があります。


パリ、旧オペラ座 シャガールの天井画


パリ、旧オペラ座 豪華なホワイエ


パリ、旧オペラ座 観客席


パリ、新オペラ座 外観


パリ、新オペラ座 ホワイエ


パリ、新オペラ座 客席 音響は抜群


私自身、リヨンのオペラハウスで似たような経験をしました。
フランスのオペラハウスのドレスコードがカジュアルなのはわかっていたのですが、その日はシーズンのオープニングだったのでロングスカートをはいて行ったら、これが大失敗。誰一人として、ロングスカートをはいている女性などいません。お隣に座った若い男性はジーンズにスニーカーで、席につくやいなやリュックサックをどさっ!と前に置く始末。終演後のプレス関係者のパーティで会ったパリ在住のジャーナリストに愚痴をこぼしたら、何言ってるの、ここはフランスだよ、とたしなめられてしまいました。笑。
フランスという国は、芸術は日常的なものという考え方が強いのです。あのフランス革命を起こし、すったもんだのあげくに共和制を打ち立て、内実はともかく平等を謳う国の立ち位置もあるような気がします。バスチーユ・オペラ座を計画、建設した当時の大統領ミッテラン氏の考えは、全ての市民にオペラを、だったのですから。
とはいえ、フランスを代表する夏の音楽祭であるエクサンプロヴァンス音楽祭では、そんなフランス人のお洒落な面に出会えます。エレカジ、というのでしょうか、ノーネクタイでもシャツやパンツも洗練されているし、時にポケットチーフを挿したりして、とてもお洒落なのです。ここもまた社交場も兼ねて始まった音楽祭なので、それなりにハイソな客層が残っているのでしょう。


リヨン、オペラ座


リヨン、《マクベス》のモダンな舞台


ドイツのオペラハウスもカジュアル化が進んでいますが、都市によっても相当違います。南部を代表する大都市ミュンヘンは、富裕層が多いのと、カトリックが多い町であることもおそらくあって、かなりドレッシーです。長いあいだバイエルン王国の宮廷所在地であり、劇場(バイエルン州立歌劇場)のルーツが宮廷劇場であることも、関係しているかもしれません。
これが、北ドイツを代表する都会ハンブルクだと、同じドイツの富裕な都市のオペラハウス(ハンブルク州立歌劇場)でもぐっとカジュアルです。ハンブルクが商業で繁栄した「市民」の街で、オペラハウスも市民のための公開劇場としてスタートしていること、そして、質実剛健なプロテスタントの街であることなどが、関係しあっているような気がします。

たかがドレスコード、されどドレスコード。時に失敗しながら、時に感嘆しながら感じるその背景は、なかなか深いものがあるのです。


ミュンヘン、バイエルン州立歌劇場


ミュンヘン、バイエルン州立歌劇場 豪華なホワイエ


ミュンヘン、バイエルン州立歌劇場 カーテンコールの客席


加藤浩子の旅びと通信 第8回 いかがでしたでしょうか? 
今後は月1回ペースで配信の予定です。


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投稿者名 musica 投稿日時 2020年08月31日 | Permalink