加藤浩子の旅びと通信 第7回 衝撃の「ブーイング」体験〜スカラ座編

こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」
などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第7回目をお届けします。

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 こんにちは。加藤浩子です。
 「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第7回目の今回は、イタリアでの「ブーイング」体験談をお届けします。


イタリアオペラの殿堂 スカラ座

オペラはやっぱり、イタリア。
そう思うことは、少なくありません。
歴史ある華麗な劇場。伝統的な舞台に豪華な衣装。明るく輝かしい「イタリアの声」。近年では経済難もあり、舞台の豪華さも歌手の層の厚みも以前ほどではなくなったとはいえ、イタリア人の美意識は、オペラにおいてもやはり特別です。
そして、観客の反応の面白さ。
イタリア人は一般的に日本人より喜怒哀楽がはっきりして感情表現が豊かですが、そのことはオペラハウスでもつくづく実感します。
歌や演奏が気に入れば「ブラヴォー!」、気に入らなければ「ブー!」。お気に入りのアーティストが舞台に現れれば歌舞伎俳優の贔屓筋よろしくかけ声をかけ、とびきりの熱唱にはやんやの喝采と、「アンコール」を意味する「ビス!」の声が渦巻きます。客席と舞台がひとつになり、劇場が生きている!と全身で感じることができる。それこそ、イタリアの劇場の醍醐味です。



イタリアの夏の音楽祭の代名詞、ヴェローナ音楽祭の会場となるローマ帝国時代の闘技場


オペラハウスでのかけ声といえば、誰でも知っているのは「ブラヴォー!bravo」でしょう。イタリア語の「ブラヴォー」は、「お上手」「よくできた」くらいの意味で、イタリアではごく日常的な言葉。お母さんが、子供を褒める際にせっせと使っていたりします。
ちなみにブラヴォーbravoは男性形で、女性形はブラーヴァbrava、複数形は男性がブラーヴィbravi、女性がブラーヴェbrave。けれど、文法通りに使い分けているのはイタリア人くらいで、他の国では男女単複問わずbravoで通しているのがふつうです。
 「ブラヴォー!」が飛び交う公演は楽しいものですが、イタリアではその反対の「ブー!」(=ブーイング)もしばしば押し寄せます。日本ではほとんど聞かれることがないので、現地で出くわすとなかなか衝撃的です。特にスカラ座では、忘れることのできない「ブーイング」を2回、経験しました。



スカラ座の客席とオーケストラピット


初めてブーイングの嵐に遭遇したのは、2004年のイタリア・オペラツアーの際にスカラ座で観劇したジョルダーノのオペラ《フェドーラ》の公演でのこと。ブーイングとはこういうものか!と思い知らされた、強烈な体験となりました。
当時はスカラ座が改修中で、アルチンボルディ劇場というところで公演が行われていました。モダンな劇場で、スカラ座公演の場所としては今ひとつ風情のない劇場ではあったのですが、プラシド・ドミンゴとミレッラ・フレーニという大スターが共演することになっていたので、チケットは早々に完売。ツアーのお客様の中にも、この公演が目当ての方が少なからずいらっしゃいました。
ところが公演の少し前に、フレーニのご主人のバス歌手、ニコライ・ギャウロフが亡くなったことを知りました。公演どころではないかもしれないと気を揉んでいたら、案の定、本番の数日前にキャンセル。そして本番直前に、何とドミンゴもキャンセルしてしまったのです。
呼び物のスターがキャンセルしても、公演が行われる限り払い戻しはしないのが、欧米のオペラ公演のスタンダードです(最近は日本でもそうなりました)。代役を立てて公演が行われることになったのですが、当然ながら観客は納得していません。その夜のスカラ座の客席には、開演前から何やらくすぶっているような空気が漂っていました。
代役の二人は健闘していた、と思います。とはいえ、ビッグスターのピンチヒッターですから、緊張するのは当たり前。ピッチが狂ったり、音が微妙に外れたり、といった瞬間があったのも確かでした。
第1幕の終了とともに、客席は爆発しました。主役たちがカーテンコールに現れた途端、ブー!の嵐。私が座っている右からも左からも、前方からも後方からも、「ブー!」が飛んできます。時折、歌手に同情するように「ブラヴォー!」の声が立ち上がるのですが、間髪を入れずに「ブー!」にかき消されてしまう始末。呆気にとられて、左右を見たり後ろを振り向いたりしてしまいました。客席に向かってお辞儀を繰り返す歌手たちの心情は、どんなだったでしょうか。とにもかくにも最後まで歌い切ったのは、立派だったと思います。
そんなわけで、この時の《フェドーラ》は、二大スターには会えなかったものの、別の意味で忘れ難い公演になったのでした。
その時、フレーニの代役に立ったソプラノ、マリア・グレギーナは、スカラ座を代表するプリマになり、いまも現役で歌い続けています。


2014年にスカラ座で行われた《シモン・ボッカネグラ》のカーテンコール


2度目のスカラ座でのブーイング体験は、2010年の春に観劇した、ヴェルディの《シモン・ボッカネグラ》の公演でのことでした。
ドミンゴがテノールからバリトンに転向したばかりの頃で、バリトンの大役であるシモンに初挑戦。しかも大病から復帰した再起公演でもあったので、これも話題沸騰の公演でした。指揮は、当時のスカラ座の音楽監督だったダニエル・バレンボイムです。
ブーイングの嵐は、歌手ではなく、指揮のバレンボイムに対して起こりました。低音を強調し、オーケストラを重々しく鳴らす彼の音楽作りは、ヴェルディというよりワーグナーのようだったのです。プロローグが始まって間もなく、「これはヴェルディじゃない」という違和感が、客席の一部に漂い始めたのが感じられました。何と言ってもスカラ座は「ヴェルディの劇場」なのですから、聴衆がヴェルディの演奏にうるさいのは当然です。
嵐は、休憩が終わった後に起こりました。バレンボイムがオーケストラピットに現れてこちらを向いた瞬間、「ブー!」が弾け飛んだのです。
さすがイタリア人!
次の瞬間、私も、そして私の隣にいた大のヴェルディファンのツアーメンバーも、口を手で囲んで「ブー!」を叫んでいました。記念すべき、ブーイングデビューでした。
 ところが、バレンボイムが凄かったのはここからです。彼は客席を睨みつけ、ブーイングと対決したのです。
何十秒だったのか、何分だったのか、記憶は定かではありません。けれど勝利したのはバレンボイムでした。時間の経過とともにブーイングは鎮まり、それを見届けると、バレンボイムはオーケストラの方に向き直り、音楽を再開したのでした。


ベルリン州立歌劇場


この時の《シモン・ボッカネグラ》は、ベルリンの州立歌劇場との共同制作だったのですが、ミラノに先だって行われたベルリンでのプレミエでは、バレンボイムの指揮が大喝采を浴び、フェデリーコ・ティエッツィの伝統的で美しい演出に、「何の工夫もない」とブーイングが出たそうです。
「演出」に込めたメッセージが重視されるドイツ(だから、ドイツのオペラハウスでは「読み替え」演出が多いのです)と、音楽、そして「美しさ」が重視されるイタリア。聴衆の好みの違いがよくわかり、これもまた、とても興味深い出来事でした。



ベルリン州立歌劇場の客席とオーケストラピット


この時の《シモン・ボッカネグラ》はDVD になっていますが、もちろん、ブーイングの嵐は収録されていません。だから、生は面白い。やめられません。

DVDの情報はこちらをご覧ください。

https://www.hmv.co.jp/en/news/article/1112220054/

劇場は生き物です。それに命を吹き込むのは、第一にアーティストやスタッフですが、同時に観客でもあります。生の公演は一期一会。だからこそ、足を運ぶ価値があるのです。



スカラ座の客席から眺めた舞台、開演前、照明が落ちた客席



スカラ座で見そびれたドミンゴとフレーニの《フェドーラ》ですが、1993年に二人がスカラ座で共演した時の伝説的な公演の動画が、youtubeに上がっていました。一部ですが、こちらからご覧いただけます。




 ところで、本文中でご紹介した《シモン・ボッカネグラ》は、14世紀に実在したジェノヴァ共和国の総督。貴族社会にあって、初めて平民から総督になった人物です。ヴェルディはこの作品に、彼の終生のテーマだった「父と娘」の愛と葛藤を盛り込みましたが、その背景には自身の私生活もあったようです。拙著『オペラでわかるヨーロッパ史』(平凡社新書)では、本作の歴史的背景と、ヴェルディの「隠された子供」について取り上げています。よろしければぜひご覧ください。

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投稿者名 musica 投稿日時 2020年08月05日 | Permalink