加藤浩子の旅びと通信 第6回 オペラゆかりの地を訪ねる醍醐味 その2〜《トスカ》の舞台をローマに訪ねる

こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」
などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第6回目をお届けします。

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こんにちは。加藤浩子です。
「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第6回目の今回は、オペラ《トスカ》の舞台巡りにご案内したいと思います。


ローマのシンボル、ヴァチカンの聖ピエトロ寺院


前回、「オペラツアー」ならではの訪問地として、オペラや作曲家の「ゆかりの地」巡りのことをお話しし、マスカーニのオペラ《カヴァレリア・ルスティカーナ》の舞台となったシチリア島のヴィッツィーニ村を訪ねた時の想い出を書きました。

今回は、これも何度かオペラツアーに組み込んで好評だった、プッチーニの人気オペラ 《トスカ》の舞台をご紹介したいと思います。

 1900年にローマのコスタンツィ劇場(現ローマ・オペラ座)で初演された《トスカ》は、初演のちょうど100年前、1800年のローマを舞台にしたオペラです。


ローマ、オペラ座。1900年に《トスカ》が初演された

物語の要は、歌姫トスカと恋人の画家カヴァラドッシ、そして警視総監のスカルピアという三人の主役が繰り広げる愛憎劇。歌姫トスカの恋人カヴァラドッシは、政治犯として投獄された友人のアンジェロッティが脱獄してきたのを助けて、スカルピアに逮捕されます。スカルピアは、カヴァラドッシを拷問にかけてアンジェロッティの居場所を突き止めようとしますが、カヴァラドッシが屈しないので、拷問の様子をトスカに見せ、トスカからアンジェロッティの居場所を聞き出します。カヴァラドッシはトスカの裏切りに怒りますが、その時イタリアに侵攻したナポレオンの勝利の報が飛び込みます。自分が支持するナポレオンの勝利に、狂喜するカヴァラドッシ。地団駄を踏むスカルピアはカヴァラドッシの処刑を命じますが、トスカが命乞いをするので、自分と一夜を共にするならカヴァラドッシを助けると交渉を持ち出します。トスカは交渉に応じるフリをして、とっさにスカルピアを殺害。トスカとカヴァラドッシの恋人たちは逃亡の夢を描くのですが・・・


《トスカ》第一幕の舞台、聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会


とても、よくできたオペラです。ストーリーはサスペンスドラマのように二転三転し、「手に汗を握る」という表現がぴったり。音楽もドラマティックで、有名なアリアもあり、まったく飽きません。「オペラは長くて退屈」という先入観から、《トスカ》ほど遠いオペラもないでしょう。

一方で《トスカ》には、「歴史劇」という側面もあります。登場人物の多くは創造された人物ですが、その造形にも、1800年という時代設定が深く関わっています。オペラではほとんど説明されませんが、原作になったサルドゥの戯曲『ラ・トスカ』には、登場人物のそれまでの経歴が詳しく説明されています。

当時のローマは、反動的な王権国家であるナポリ=シチリア王国の支配下にありました。スカルピアはこのナポリ=シチリア王国の警視総監で、敵対勢力に冷酷な処分をすることで恐れられていましたが、それには理由があります。1796年に初めてイタリアに侵攻したナポレオンは、破竹の勢いで勝ち進み、ローマに「ローマ共和国」を樹立。ナポリ=シチリア王国も本拠地のナポリを追われ、「パルテノペア共和国」が生まれるのを許しました。しかしナポレオンがイタリアを去ると、各地の「共和国」も崩壊。ナポリ=シチリア王国も復権し、ローマも勢力下に入れたのでした。
スカルピアは、ナポレオン派弾圧の総元締めであるナポリ王妃の懐刀です。カヴァラドッシの友人で、オペラの冒頭で脱獄してくるアンジェロッティは、ナポレオンが創設したローマ共和国の総領事だった人物。ナポリ王妃にとっては憎い仇でした。その脱獄を許してしまったスカルピアは、アンジェロッティとその一味を捕らえなければ、自分の首が危ない状況に追い込まれていたのです。
それに対してカヴァラドッシは、ローマ生まれながら、パリで、それもフランス革命の時代に少年時代を過ごし、共和主義者になりました。そんな彼が、革命後に華々しく登場し、共和国軍の将軍として他国との戦争で勝利を収めていたナポレオンの支持者になるのは、自然な成り行きです。
ヒロイン、トスカの人物設定も、なかなか興味深いものです。トスカは有名なオペラ歌手ですが、もともとは孤児で、修道院に拾われ、そこ歌っているうちに有名な作曲家に美声を認められ、還俗して歌手になったという激動の人生を送りました。トスカは信心深く嫉妬深い女性ですが、それは孤独で宗教的な生い立ちによるところが大きいのです。
彼女が舞台に出ているローマは、ローマ教皇のお膝元という関係で、数年前までオペラの舞台に女性が出ることは禁じられていました。トスカがローマで歌えるのは、1800年だからこそなのです。
 (《トスカ》の時代背景については、拙著『オペラでわかるヨーロッパ史』(平凡社新書))に詳しく載っていますので、よろしければご参照ください)。


聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会内部


《トスカ》の舞台は、ローマに全て実在します。第1幕は聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会、第2幕はファルネーゼ宮殿、第3幕は聖アンジェロ城と設定されていますが、3つはほぼ1キロ圏内にあり、歩いて行ける距離ですので、午後から翌朝の間に進行する物語の舞台としてとても自然です。《トスカ》の上演時間は2時間くらいですから、物語の進行とあまり変わりません。物語の中で何年も何十年も経過するオペラは珍しくありませんから、この点でも《トスカ》はリアリティに富んでいるのです。
舞台が全て現存していることから、それを忠実に再現した演出も少なくありません。歴史的な建物の再現ですから、歴史オペラにふさわしく美しく重厚ですし、観客も安心して楽しめます。隅々まで忠実ではなくとも、第1幕の教会の礼拝堂や、第3幕の聖アンジェロ城の大天使が立つテラスは、新国立劇場をはじめ多くの舞台でお馴染みです。
現在メトロポリタン歌劇場で上演されているデヴィット・マクヴィカー演出の《トスカ》の装置は、3箇所を忠実に復元しているそう。新制作にあたり、演出チームはローマに飛んで、現場を詳しく取材したようです。
 しばらく前ですが、1978年にオペラ映画として制作された《トスカ》は、実際にこの3箇所を使用して撮影しています。


第一幕のアッタヴァンティ家の礼拝堂のモデルとされる、バルベリーニ家の礼拝堂


第1幕の舞台となっている聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会は、17世紀半ばに完成したバロックの教会。正面は質素ですが、内部は大理石と金箔をふんだんに使い、色鮮やかなフレスコ画に飾られた華麗な空間です。バチカンのサン・ピエトロ寺院の次に高いという丸天井(クーポラ)から降り注ぐ光が、堂内に荘厳な雰囲気を添えます。
 カトリックの教会には、よく、教会とつながりが深い名家一族(有力な檀家のようなものでしょうか)の「礼拝堂」があります。《トスカ》第1幕には、「アッタヴァンティ家の礼拝堂」が登場しますが、モデルになったのは「バルベリーニ家の礼拝堂」。現在その礼拝堂には、《トスカ》の舞台のモデルになったという説明があります。


第二幕の舞台、ファルネーゼ宮殿


第2幕の舞台、ファルネーゼ宮殿は、名門貴族の出身でローマ教皇にまで出世したアレッサンドロ・ファルネーゼの住まいとして、16世紀に建造されました。あのミケランジェロも一部の設計に関わった、ローマを代表する建築物の一つですが、現在はフランス大使館として使われており、中に入ることはできません。


第三幕の舞台、聖アンジェロ城


第3幕の舞台は、聖アンジェロ城。ローマの街中を蛇行して流れるテヴェレ川沿いに、特大の円塔を城壁が囲む独特な形を見せて佇む、ローマを象徴する建築の一つです。「城Castello」と呼ばれる建物はローマでここだけですが、実情はローマ教皇の「要塞」でした。
もともとは紀元2世紀にローマ皇帝の霊廟として建てられ、その後教皇の所有に。ヴァチカンと通路で直接つながっているのは、教皇との結びつきの証拠です。代々の教皇は、何かあると聖アンジェロ城に逃げ込みました。牢獄としても長年使われていましたから、オペラの第3幕でカヴァラドッシがここに投獄されているのはむべなるかなです。
「アンジェロ」とは「天使」のこと。城のてっぺんに立つ、剣を鞘に収める大天使ミカエルの像に因んで、そう呼ばれるようになりました。
 聖アンジェロ城の見所は、何と言ってもオペラの大詰めでカヴァラドッシが処刑され、トスカが身を投げる屋上のテラスでしょう。城のシンボル、大天使ミカエルの銅像は《トスカ》第3幕の定番でもあります。
 オペラの劇的なクライマックスが繰り広げられるイメージから、広大なテラスを想像して訪れると、意外に狭い。こんなところで処刑ができたのかしら?と不思議に思ってしまうほどです。けれど、そんなことが肌でわかるのも、現地を訪れてこそでしょう。
 とはいえ、このテラスからのぞむローマの街のパノラマは、それだけでも来る価値があります。空を刺すようにそびえるヴァチカンの聖ピエトロ寺院をはじめ、ローマの中心部が一望できる、絶好のスポットです。
聖アンジェロ城の見学ルートにある別のテラスにはカフェもあり、観光の合間の骨休めにぴったり。人気オペラの舞台になった歴史的名所で、美味しいコーヒーやジェラートを味わいながら、「永遠の都」の眺めを楽しみ、2世紀前の激動のドラマに思いを馳せる・・、それもまた、オペラ旅の醍醐味です。


聖アンジェロ城のいただきに立つ、大天使ミカエルの像


聖アンジェロ城のテラスからの眺め 正面に見えるのは聖ピエトロ寺院


シチリア島などと違い、ローマは個人でもとても行きやすい街。ローマで半日自由時間があったら、《トスカ》の舞台巡り、お勧めです。



最後に、聖アンジェロ城で収録された、名歌手プラシド・ドミンゴか歌う《トスカ》第三幕のアリア〈星は光りぬ)をお楽しみください。





最後に一つ、オンライン講座のご紹介です。
6月より、朝日カルチャーセンター新宿の主催するオンライン講座で講師をしておりますが、今月の22、29日の2回に渡り、「オンラインでめぐるバッハへの旅」という講座を開講します。
ご自宅にいながら「バッハへの旅」ヴァーチャルツアーを楽しんでいただくのが目的の講座で、郵船トラベルさん主催の「バッハへの旅」で訪問するバッハゆかりの街々を、バッハの人生をたどりながらご紹介していく講座です。旅先で撮った写真もたくさんご紹介しますので、お楽しみいただけると思います。また講座のリンクは一週間有効ですので、当該日時にご都合が悪くとも、一週間のうちでご都合の良い時にお楽しみいただけます。
お申し込みは下のサイトからお願いいたします。前日にリンクが送られてきますので、当日、時間になりましたらそれをクリックいただければ始まります。特別なソフトのダウンロードなどは必要ありません。
https://www.asahiculture.jp/course/shinjuku/4097ba4e-eaf3-eeb7-0676-5efb36beac86


バッハが活躍したライプツィヒの聖トーマス教会



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投稿者名 musica 投稿日時 2020年07月20日 | Permalink