若狭から京都へ~鯖街道の贈り物~
「鯖(サバ)」お好きですか? 近年鯖は、記憶力向上、認知症予防、動脈硬化の予防など健康増進食材としても注目されています。
さて、京都の祇園新地「いづう」の鯖姿寿司は最高級品として京都随一の人気を誇ります。(筆者も大好きなのですが気楽に買えるお値段ではありません・・・)。この「いづう」の鯖姿寿司は京都の人がハレの日にいただく特別な逸品ですが、現在では大衆魚の鯖がここまで出世した秘密を探りたいと思います。
若狭をほぼ東西に走る「丹後街道」は、東は越前敦賀、西は丹後の舞鶴あるいは宮津までの幹線道路でした。「若狭街道」は、大陸文化の玄関としての小浜から若狭町の日笠を通り、熊川宿を経て、滋賀県高島市朽木を越え、大原八瀬より京都御所への道です。
京都の最終地点は出町柳とされており、賀茂川と高野川が出合うあたりに石碑が立っています。
この「若狭街道」のことを別名、鯖街道といいます。名前だけを聞くと、「ん??なんの道??」と思われると思います。鯖街道はその名の通り、若狭湾で捕れた鯖が運ばれてきた道です。水揚げされた鯖は京都へ運ばれ、御所へ献上されました。その後、庶民の間でも広く賞味できることができる食材として広く普及しました。
鯖街道は奈良に都があった平城宮、明日香宮の時代から利用されていたそうで、起源は1,300年に遡ります。
鯖は「生き腐れ」と言われ、水揚げすると鮮度が落ちやすい魚です。内陸の京都ではなにより新鮮な海の魚が重宝されていましたが、傷みやすい鯖を冷凍庫もトラックもない時代に若狭湾から運ぶため、塩漬けや酢〆などの加工が発達しました。若狭で塩漬けした鯖は京都に着いたころ、ちょうど良い塩加減になったと言われています。
鯖寿司は滋養強壮を高める食として江戸時代に京都の花街で大流行となりました。徒歩で運ばれ、選び抜かれた貴重な鯖を、冷めても美味しい近江米、北前船で運ばれた昆布で巻き、京都の料理人の技でハレの日に相応しい逸品となり、竹の皮で包まれたその姿は贈答品としても使われる京都の美意識そのものです。現在にもその技は引き継がれています。
鯖街道の起点は小浜のいづみ町商店街あたりとされていて「京は遠ても十八里」(約72km)と記載されたプレートが埋められています。若狭と京都はきわめて深い関係にありました。
郵船トラベルが贈る2021年3月28日発「奥琵琶湖のオーベルジュ“ロテル・デュ・ラク”と若狭海の幸、桜満喫の旅」では1日目に京都から出発し、2日目に熊川宿を経由して、鯖街道を通り、小浜を訪れます。鯖が運ばれた歴史に思いを馳せながら、旅をお楽しみください。
夏山や 通ひなれたる 若狭人 与謝蕪村