加藤浩子の旅びと通信 第9回 イタリアで出会った忘れがたい言葉たち
こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第9回目をお届けします。
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こんにちは。加藤浩子です。
「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのサイトから発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第9回目の今回は、イタリアのオペラ旅で出会った、忘れがたい言葉たちについてお話ししたいと思います。
オペラはやっぱり、イタリア。
オペラ旅はずいぶんしていますが、そう思うことがしばしばあります。
公演のレベルの話ではありません。伝統的な劇場の、豪華だけれどどことこなく埃っぽい雰囲気とか、喝采や野次を通して伝わってくるお客さんの熱気とか体温とか、そのような諸々から立ち上ってくるある種の「匂い」のようなもの。
それを感じる時、ああ、オペラはイタリアの「お国もの」なのだなあ、と感じてしまうのです。イタリアの伝統芸能なんだなあ、と。
オペラはイタリアで、宮廷芸術として始まりました。最初はフィレンツェで、メディチ家の庇護もあって誕生し、ナポリやウィーンやドレスデンといった外国の宮廷へと広がります。一方で、共和国ヴェネツィアでは、一般庶民も入れる公開のオペラハウスが開場し、観客からやんやの喝采を受けることが目的で、機械仕掛けの舞台や、歌手が超絶技巧を発揮するようなアリアが開発されました。宮廷から街へ出た時、オペラは伝統芸能の仲間入りをしたのです。
オペラの公演につきものの「掛け声」は、オペラが「伝統芸能」であることを痛感させてくれます。そして、この手の掛け声やヤジが一番多く、バラエティに富んでいるのもイタリアなのです。
オペラでの掛け声といえば、一番有名なのは「ブラヴォー Bravo」でしょう。「すごい」「素晴らしい」などを意味するイタリア語で、国際的に流通しています。ちなみにBravoは男性の単数で、女性の単数はBrava ,男性複数はBravi, 女性複数はBrave ですが、使い分けているのはイタリア人くらいで、他の国では誰に対してもBravoを聞くことがほとんどです。それでいい、と思いますけれど。
「ブラヴォー」の反対、つまり「ダメ!」「引っ込め!」などを意味するのが「ブー!Buu」。いわゆる「ブーイング」です。イタリアでのブーイング体験については、前々回でご紹介しましたが、「ブーイング」については、ドイツも結構手厳しい。演出を重視するお国柄なので、演出に対するブーイングが多いのがドイツの特徴です。バイロイト音楽祭など、新演出は必ずと言っていいほどブーイングの嵐になるよう。ブーイングされるのは演出家にとっては勲章だ、と聞いたこともあるほどです。
さて、ドイツをはじめ他の国ではまず聞くことがないのが、「アンコール!」を意味する「ビス!Bis !」です。アリアが素晴らしく歌われると、もう一度聴きたい!という思いが言葉になって、熱烈な拍手とともに客席から湧き起こるのがこの「ビス!」。歌手がなかなか応えないでいると、「ビス!」が「ビース!」になっていく。パスタを茹でるためのお湯が沸騰したまま放置され、蒸気がふつふつと渦巻いているように、客席から熱気が立ち上っている。それが、とてもイタリアらしいのです。
この「ビス」が伝統芸能的だな、と思うのは、特定の曲や特定の歌手と結びついて、「お決まり」になっているケースが、往々にしてあるところです。
例えば、ヴェルディのオペラ《ナブッコ》の合唱、〈行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って〉。イタリアでは第二の国歌と位置付けられているほど親しまれている曲ですが、《ナブッコ》がイタリアで上演される時は、必ずと言っていいほど「ビス!」の声が湧き起こります。それに応えないなんてあり得ない!とでも言いたいような勢いなのです。
名指揮者リッカルド・ムーティは、上演中のアンコールは「曲が途切れるから」と嫌うマエストロですが、この合唱への「ビス!」には、ほんの数回、渋々ながら応えました。それが「ムーティがとうとうビスに応えた!」と新聞記事にまでなったのですから、やはり「行け、我が思いよ」の「ビス」は特別です。
もう一つ、特定の曲や特定の歌手と結びついた「ビス」といえば、レオ・ヌッチの《リゴレット》が思い浮かびます。
イタリアの名バリトン、レオ・ヌッチは、ヴェルディの役柄を得意としていることで知られますが、特に宮廷道化師を主人公にした《リゴレット》のタイトルロールは、非公開の公演を含めれば600回!以上歌っているという当たり役。リゴレットといえばヌッチ、という時代が結構長く続きました。
そのヌッチ、いつからか、《リゴレット》を歌う時、第二幕最後の、娘のジルダ(ソプラノ)との二重唱の後半部をアンコールするようになったのです。
お客さんも心得たもので、ヌッチがよく出ているパルマの王立劇場などでは、ヌッチがリゴレットを歌う時は、必ずここで「ビス!」の大合唱が起こるのがお約束のようになっていたほど。二重唱が終わると、「さあ、来るぞ!」という感じで、「ビース」「ビース」と始まるのです。お楽しみはこれからだ、という感じ。舞台と客席の、阿吽の呼吸ですね。歌舞伎の大向こうみたい、と何度思ったことでしょう。
そのヌッチ、なんと日本でも、「ビス!」に応えてくれまました。
2013年9月、スカラ座の来日公演。演目はやはり《リゴレット》。第二幕幕切れの二重唱で、ヌッチと相手役のエレナ・モシュクが迫力満点の歌唱を終えた直後、「ビス!」が出たのです。
まさか日本で出るとは思ってはいなかったので、びっくり仰天してしまいましたが、次の瞬間、私も「ビス!」の合唱に加わっていました。パルマでの同じ経験を思い出しながら。
後で聞いた話では、ヌッチが事前に、何人かのファンに、「アンコールやるから、ビスよろしく!」と知らせていたようです。ますます、伝統芸能ですね。
さて、オペラにつきものというわけではないですが、イタリアの劇場で体験した忘れがたい言葉に、「恥を知れ!Vergogna!」があります。
「恥を知れ」とは穏やかではありませんが、実際、穏やかではない場面での出来事でした。
2012年春、フィレンツェ歌劇場。個人で、《アンナ・ボレーナ》の公演を聴きに訪れました。お目当ては、タイトルロールを歌ったソプラノ、マリエッラ・デヴィーア。イタリアの至宝と言いたくなる、ベテランのベルカントソプラノです。
ハプニングは、開演前に起こりました。
なんと、オーケストラと劇場側との賃金交渉が決裂し、オーケストラがストライキを宣言してしまったのです(正確には、ストライキを決議したのは、オーケストラの属している組合でしたが。イタリアでは、組合がとても強いのです)。
責任はどうも、交渉の場をすっぽかしてしまった劇場総裁にあるようでした。ストライキを回避できなかったのは、彼女(女性の総裁でした)の不誠実さが原因だったようなのです。
普通、公演が行われれば、キャストがかわろうがストライキがあろうが、チケットが払い戻されることはありません。けれどこの時、劇場は払い戻しに応じる決定をしました。とても珍しいことでしたが、ほとんどの聴衆は払い戻しをしなかったようです。皆、デヴィーアのアンナ・ボレーナを聴きたかった。私もそのために日本から駆けつけたのですし、アメリカやフランスから駆けつけたオペラファンもいました。帰れるはずもありません。
その言葉は、開演前、総裁が、事情を説明しに緞帳の前に現れた時に飛びました。
私の前列に座ったおじいさんが、顔を真っ赤にして、女性総裁目がけて「ベルゴーニャ!」と叫んだのです。
それを合図にしたかのように、「Vergogna ! 」の一語が、あちこちから沸き出し始めました。
ベルゴーニャ?ベルゴーニャって、何?
イタリア語がよちよちだった私は、あっけにとられ、めんくらうばかりでした。
ようやく意味が理解できたのは、第一波が収まってからだったと思います。
ヤジを浴びながら総裁が舞台袖に引っ込み、緞帳が上がった瞬間は、それは見ものでした。
だって、装置も衣装も全て揃っている舞台の下のオーケストラピットには、ピアノが2台と指揮者がいるだけだったのですから。
燃えたのは、デヴィーアでした。そして、客席も。
大詰めの狂乱の場で、ピアノを従えたデヴィーアの声が、高く高く舞い上がり、熱を帯びて宙に放たれた時、息を潜めて耳をそば立てていた客席から、悲鳴のような歓声が沸き起こったのでした。
すべてに勝利したのは、プリマドンナだったのです。
やっぱり、やめられません。生のオペラも、イタリアも。
最後にご紹介した、デヴィーアの《アンナ・ボレーナ》、ラストシーンの動画がyoutubeにアップされていますので、ぜひご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございます。次回の配信もお楽しみに!
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加藤浩子の旅びと通信 第8回 たかがドレスコード、されどドレスコード
こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」
などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第8回目をお届けします。
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こんにちは。加藤浩子です。
「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第8回目の今回は、海外でオペラやコンサートを鑑賞する際の「ドレスコード」についてお話ししたいと思います。
「この劇場では、何を着たらいいんでしょう?」
オペラ、音楽ツアーの説明会の席で、必ず出てくるご質問です。
ごもっとも。海外の、それも初めて訪れる劇場や音楽祭だったりすると、何を着ればいいか気になりますよね。日本人は周りから浮くことを気にする方が多いですから、なおさらです。
ふだんオペラに行く機会のない方や、海外での鑑賞が初めての方は、ロングドレスやタキシードを準備しなければならないのでは?と考えてしまいがちです。ずいぶん前ですが、ハリウッド映画「プリティ・ウーマン」にも、ヒロインの娼婦が、恋人のお金持ちに連れられて、自家用ジェット機に乗り、タキシードにロングドレスでオペラ《椿姫》(娼婦が主人公のオペラ。わかりやすいですね)を観に行く場面がありました。アクセサリーは、片手で持つ金色のオペラグラス。主演の二人はリチャード・ギアとジュリア・ロバーツでしたから、それは格好良かったですが。
オペラを観に行くなら、ああいう格好をしなければならないのでは?
そう思っている方は、まだ少なくないようです。オペラ=とびきりの非日常、というイメージなんですね。
けれど、日本で実際にオペラ鑑賞に出かけている方ならご存知のように、今どきのオペラ公演ではノーネクタイ、ノージャケットはごく普通。おめかしをしている方もありますが、基本はかなりカジュアルなように感じます。足繁くオペラ公演に通われるファンの方にとっては、オペラは「日常」になっています。
では、海外のオペラハウスや音楽祭はどうなのでしょうか。
これはもう、ケースバイケース、場所や機会によって様々なのですが、やはり、オペラや音楽祭が「日常」なのか「非日常」なのか、という点は大きいです。例えばミラノのスカラ座は、普段はカジュアルな装いの方も散見されますが、シーズンオープニングの日はみなさんとびきりの装いで現れます。その日はスカラ座が「社交界」の最高の役割を果たす日だからです。
かつて、オペラはヨーロッパでも「非日常」の「社交場」でした。もともとが宮廷芸術ですし、19世紀のオペラハウスはブルジョワ階級の最高の社交場でした。20世紀に入っても、マリア・カラスが活躍していた世紀半ばごろの公演映像などを見ると、客席は申し合わせたようにロングドレスとタキシード。舞台上の歌手のドレスが地味に見えるほどです。
けれどそれから半世紀以上経って、オペラの世界もかなりカジュアル化が進みました。一部の有名オペラハウスは観光名所にもなっているので、地元民より観光客が多いような公演もあり、そんな時は特にカジュアルな方が目立つような気がします。
カジュアル化の賜物でしょうか、個人的には、カジュアルな服装で出かけて失敗したという経験より、おめかししていったら浮いてしまったという体験の方が多いのです。けれど、そうやって経験を積むうちに、その国の文化に対する考え方とか歴史が見えてくることがあります。たかがドレスコード、されどドレスコード、なのです。
オペラ=非日常。
そういう世界は、もちろんまだまだ残っています。
代表的なのは、前にあげたスカラ座のシーズンオープニングや、一部の夏の音楽祭。夏の音楽祭の代名詞ともいえるザルツブルク音楽祭や、ワーグナーが設計した劇場でワーグナー・オペラを上演するバイロイト音楽祭などは、歴史も長く、今なお非日常な「社交場」の世界です。ブラックタイにロングドレスが行き交うなかに身を投じるのは、それはそれで愉しいもの。
もっとも、不慣れというのは恐ろしいもので、ある時ザルツブルク音楽祭で、劇場のホワイエの階段を上りながら、はきなれないロングスカートの裾を何度も踏みつけていたら、後ろにいた現地の若い女性が、「こうするのよ〜」と裾をたくし上げて階段を上る方法を教えてくれました。汗。
音楽祭のフォーマル感と非日常感を味わえるとっておきの音楽祭は、イギリスのグラインドボーン音楽祭です。
会場は、貴族のマナーハウス。オペラ好きの貴族が自宅に劇場を作って始めた、いわば個人の道楽で始まった音楽祭ですが、今やヨーロッパの夏を代表する音楽祭の一つになっています。
とにかく、この会場が非日常。広々とした庭園は、そのまま牧草地に続いていて、「ピクニック」と呼ばれる屋外での食事を楽しむ人で賑わいます。その「ピクニック」を楽しんでいる人たちが、タキシードにロングドレスなのです。開演1時間以上前から会場に到着して庭を散策し、1時間ある休憩時間でのんびり食事を取り、終演後も庭やバールで余韻を楽しむ。もちろん顔馴染みとのお喋りを交えながら、丸1日をここで過ごすのです。これこそ夏の、正統な社交場といえましょう。これも、身分社会、貴族社会が色濃く残るお国柄ならではです。
一方で、年間を通して公演をしているオペラハウスのシーズン中の公演は、カジュアルな服装が目立つご時世になりました。
「ライブビューイング」が人気のニューヨークのメトロポリタンオペラ(ライブビューイングの映像で、客席がカジュアルなのに驚く方もいるようです)をはじめ、ウィーンの国立歌劇場、ミラノのスカラ座、ロンドンのロイヤルオペラハウスのような大劇場から、ドイツの地方の劇場まで、シーズン中の公演はカジュアルな装いの方が主流のように感じます。
特にカジュアル化が著しいのはフランスです。数あるオペラハウスの中でもとびきり豪華な建物を誇るパリ・オペラ座(旧オペラ座、ガルニエ宮)では、大理石やシャンデリアで飾り立てられた宮殿のような劇場には不釣り合いと思われるくらい、ジーンズやスニーカー姿の観客が目立ちます(もちろん、お洒落な方もいるのですが)。パリの下町と言えるバスチーユ広場に建つ、現代建築の代表格である新オペラ座(オペラ・バスチーユ)に至っては、劇場のモダンな空間も相まって、オペラハウスというより街の通りの一角にいるような気分になることもしばしばです。
かなり前にパリ・オペラ座が来日した時、協賛したテレビ局で特番を組んだのですが、その中で女優さんがパリで衣装をあつらえてオペラ座に行くシーンがありました。ところが、訪れたオペラ・バスチーユの観客層はポロシャツのようなカジュアルな服装が大半。豪華なイヴニングドレスが、浮いてしまっていた記憶があります。
私自身、リヨンのオペラハウスで似たような経験をしました。
フランスのオペラハウスのドレスコードがカジュアルなのはわかっていたのですが、その日はシーズンのオープニングだったのでロングスカートをはいて行ったら、これが大失敗。誰一人として、ロングスカートをはいている女性などいません。お隣に座った若い男性はジーンズにスニーカーで、席につくやいなやリュックサックをどさっ!と前に置く始末。終演後のプレス関係者のパーティで会ったパリ在住のジャーナリストに愚痴をこぼしたら、何言ってるの、ここはフランスだよ、とたしなめられてしまいました。笑。
フランスという国は、芸術は日常的なものという考え方が強いのです。あのフランス革命を起こし、すったもんだのあげくに共和制を打ち立て、内実はともかく平等を謳う国の立ち位置もあるような気がします。バスチーユ・オペラ座を計画、建設した当時の大統領ミッテラン氏の考えは、全ての市民にオペラを、だったのですから。
とはいえ、フランスを代表する夏の音楽祭であるエクサンプロヴァンス音楽祭では、そんなフランス人のお洒落な面に出会えます。エレカジ、というのでしょうか、ノーネクタイでもシャツやパンツも洗練されているし、時にポケットチーフを挿したりして、とてもお洒落なのです。ここもまた社交場も兼ねて始まった音楽祭なので、それなりにハイソな客層が残っているのでしょう。
ドイツのオペラハウスもカジュアル化が進んでいますが、都市によっても相当違います。南部を代表する大都市ミュンヘンは、富裕層が多いのと、カトリックが多い町であることもおそらくあって、かなりドレッシーです。長いあいだバイエルン王国の宮廷所在地であり、劇場(バイエルン州立歌劇場)のルーツが宮廷劇場であることも、関係しているかもしれません。
これが、北ドイツを代表する都会ハンブルクだと、同じドイツの富裕な都市のオペラハウス(ハンブルク州立歌劇場)でもぐっとカジュアルです。ハンブルクが商業で繁栄した「市民」の街で、オペラハウスも市民のための公開劇場としてスタートしていること、そして、質実剛健なプロテスタントの街であることなどが、関係しあっているような気がします。
たかがドレスコード、されどドレスコード。時に失敗しながら、時に感嘆しながら感じるその背景は、なかなか深いものがあるのです。
加藤浩子の旅びと通信 第8回 いかがでしたでしょうか?
今後は月1回ペースで配信の予定です。
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加藤浩子の旅びと通信 第7回 衝撃の「ブーイング」体験〜スカラ座編
こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」
などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第7回目をお届けします。
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こんにちは。加藤浩子です。
「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第7回目の今回は、イタリアでの「ブーイング」体験談をお届けします。
オペラはやっぱり、イタリア。
そう思うことは、少なくありません。
歴史ある華麗な劇場。伝統的な舞台に豪華な衣装。明るく輝かしい「イタリアの声」。近年では経済難もあり、舞台の豪華さも歌手の層の厚みも以前ほどではなくなったとはいえ、イタリア人の美意識は、オペラにおいてもやはり特別です。
そして、観客の反応の面白さ。
イタリア人は一般的に日本人より喜怒哀楽がはっきりして感情表現が豊かですが、そのことはオペラハウスでもつくづく実感します。
歌や演奏が気に入れば「ブラヴォー!」、気に入らなければ「ブー!」。お気に入りのアーティストが舞台に現れれば歌舞伎俳優の贔屓筋よろしくかけ声をかけ、とびきりの熱唱にはやんやの喝采と、「アンコール」を意味する「ビス!」の声が渦巻きます。客席と舞台がひとつになり、劇場が生きている!と全身で感じることができる。それこそ、イタリアの劇場の醍醐味です。
オペラハウスでのかけ声といえば、誰でも知っているのは「ブラヴォー!bravo」でしょう。イタリア語の「ブラヴォー」は、「お上手」「よくできた」くらいの意味で、イタリアではごく日常的な言葉。お母さんが、子供を褒める際にせっせと使っていたりします。
ちなみにブラヴォーbravoは男性形で、女性形はブラーヴァbrava、複数形は男性がブラーヴィbravi、女性がブラーヴェbrave。けれど、文法通りに使い分けているのはイタリア人くらいで、他の国では男女単複問わずbravoで通しているのがふつうです。
「ブラヴォー!」が飛び交う公演は楽しいものですが、イタリアではその反対の「ブー!」(=ブーイング)もしばしば押し寄せます。日本ではほとんど聞かれることがないので、現地で出くわすとなかなか衝撃的です。特にスカラ座では、忘れることのできない「ブーイング」を2回、経験しました。
初めてブーイングの嵐に遭遇したのは、2004年のイタリア・オペラツアーの際にスカラ座で観劇したジョルダーノのオペラ《フェドーラ》の公演でのこと。ブーイングとはこういうものか!と思い知らされた、強烈な体験となりました。
当時はスカラ座が改修中で、アルチンボルディ劇場というところで公演が行われていました。モダンな劇場で、スカラ座公演の場所としては今ひとつ風情のない劇場ではあったのですが、プラシド・ドミンゴとミレッラ・フレーニという大スターが共演することになっていたので、チケットは早々に完売。ツアーのお客様の中にも、この公演が目当ての方が少なからずいらっしゃいました。
ところが公演の少し前に、フレーニのご主人のバス歌手、ニコライ・ギャウロフが亡くなったことを知りました。公演どころではないかもしれないと気を揉んでいたら、案の定、本番の数日前にキャンセル。そして本番直前に、何とドミンゴもキャンセルしてしまったのです。
呼び物のスターがキャンセルしても、公演が行われる限り払い戻しはしないのが、欧米のオペラ公演のスタンダードです(最近は日本でもそうなりました)。代役を立てて公演が行われることになったのですが、当然ながら観客は納得していません。その夜のスカラ座の客席には、開演前から何やらくすぶっているような空気が漂っていました。
代役の二人は健闘していた、と思います。とはいえ、ビッグスターのピンチヒッターですから、緊張するのは当たり前。ピッチが狂ったり、音が微妙に外れたり、といった瞬間があったのも確かでした。
第1幕の終了とともに、客席は爆発しました。主役たちがカーテンコールに現れた途端、ブー!の嵐。私が座っている右からも左からも、前方からも後方からも、「ブー!」が飛んできます。時折、歌手に同情するように「ブラヴォー!」の声が立ち上がるのですが、間髪を入れずに「ブー!」にかき消されてしまう始末。呆気にとられて、左右を見たり後ろを振り向いたりしてしまいました。客席に向かってお辞儀を繰り返す歌手たちの心情は、どんなだったでしょうか。とにもかくにも最後まで歌い切ったのは、立派だったと思います。
そんなわけで、この時の《フェドーラ》は、二大スターには会えなかったものの、別の意味で忘れ難い公演になったのでした。
その時、フレーニの代役に立ったソプラノ、マリア・グレギーナは、スカラ座を代表するプリマになり、いまも現役で歌い続けています。
2度目のスカラ座でのブーイング体験は、2010年の春に観劇した、ヴェルディの《シモン・ボッカネグラ》の公演でのことでした。
ドミンゴがテノールからバリトンに転向したばかりの頃で、バリトンの大役であるシモンに初挑戦。しかも大病から復帰した再起公演でもあったので、これも話題沸騰の公演でした。指揮は、当時のスカラ座の音楽監督だったダニエル・バレンボイムです。
ブーイングの嵐は、歌手ではなく、指揮のバレンボイムに対して起こりました。低音を強調し、オーケストラを重々しく鳴らす彼の音楽作りは、ヴェルディというよりワーグナーのようだったのです。プロローグが始まって間もなく、「これはヴェルディじゃない」という違和感が、客席の一部に漂い始めたのが感じられました。何と言ってもスカラ座は「ヴェルディの劇場」なのですから、聴衆がヴェルディの演奏にうるさいのは当然です。
嵐は、休憩が終わった後に起こりました。バレンボイムがオーケストラピットに現れてこちらを向いた瞬間、「ブー!」が弾け飛んだのです。
さすがイタリア人!
次の瞬間、私も、そして私の隣にいた大のヴェルディファンのツアーメンバーも、口を手で囲んで「ブー!」を叫んでいました。記念すべき、ブーイングデビューでした。
ところが、バレンボイムが凄かったのはここからです。彼は客席を睨みつけ、ブーイングと対決したのです。
何十秒だったのか、何分だったのか、記憶は定かではありません。けれど勝利したのはバレンボイムでした。時間の経過とともにブーイングは鎮まり、それを見届けると、バレンボイムはオーケストラの方に向き直り、音楽を再開したのでした。
この時の《シモン・ボッカネグラ》は、ベルリンの州立歌劇場との共同制作だったのですが、ミラノに先だって行われたベルリンでのプレミエでは、バレンボイムの指揮が大喝采を浴び、フェデリーコ・ティエッツィの伝統的で美しい演出に、「何の工夫もない」とブーイングが出たそうです。
「演出」に込めたメッセージが重視されるドイツ(だから、ドイツのオペラハウスでは「読み替え」演出が多いのです)と、音楽、そして「美しさ」が重視されるイタリア。聴衆の好みの違いがよくわかり、これもまた、とても興味深い出来事でした。
この時の《シモン・ボッカネグラ》はDVD になっていますが、もちろん、ブーイングの嵐は収録されていません。だから、生は面白い。やめられません。
DVDの情報はこちらをご覧ください。
https://www.hmv.co.jp/en/news/article/1112220054/
劇場は生き物です。それに命を吹き込むのは、第一にアーティストやスタッフですが、同時に観客でもあります。生の公演は一期一会。だからこそ、足を運ぶ価値があるのです。
スカラ座で見そびれたドミンゴとフレーニの《フェドーラ》ですが、1993年に二人がスカラ座で共演した時の伝説的な公演の動画が、youtubeに上がっていました。一部ですが、こちらからご覧いただけます。
ところで、本文中でご紹介した《シモン・ボッカネグラ》は、14世紀に実在したジェノヴァ共和国の総督。貴族社会にあって、初めて平民から総督になった人物です。ヴェルディはこの作品に、彼の終生のテーマだった「父と娘」の愛と葛藤を盛り込みましたが、その背景には自身の私生活もあったようです。拙著『オペラでわかるヨーロッパ史』(平凡社新書)では、本作の歴史的背景と、ヴェルディの「隠された子供」について取り上げています。よろしければぜひご覧ください。
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加藤浩子の旅びと通信 第6回 オペラゆかりの地を訪ねる醍醐味 その2〜《トスカ》の舞台をローマに訪ねる
こんにちは、musicaです。
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こんにちは。加藤浩子です。
「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第6回目の今回は、オペラ《トスカ》の舞台巡りにご案内したいと思います。
前回、「オペラツアー」ならではの訪問地として、オペラや作曲家の「ゆかりの地」巡りのことをお話しし、マスカーニのオペラ《カヴァレリア・ルスティカーナ》の舞台となったシチリア島のヴィッツィーニ村を訪ねた時の想い出を書きました。
今回は、これも何度かオペラツアーに組み込んで好評だった、プッチーニの人気オペラ 《トスカ》の舞台をご紹介したいと思います。
1900年にローマのコスタンツィ劇場(現ローマ・オペラ座)で初演された《トスカ》は、初演のちょうど100年前、1800年のローマを舞台にしたオペラです。
加藤浩子の旅びと通信 オペラゆかりの地を訪ねる醍醐味〜《カヴァレリア・ルスティカーナ》ゆかりのシチリア島、ヴィッツィーニ村訪問記
こんにちは、musicaです。
郵船トラベルの講師同行ツアー「バッハへの旅」「ヴェルディへの旅」
などでおなじみの、加藤浩子氏による特別寄稿、第5回目をお届けします。
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こんにちは。加藤浩子です。
「郵船トラベル」さんが主催するツアーで、同行講師をさせていただいています。
「郵船トラベル」さんのメールマガジンの場をお借りして発信している「加藤浩子の旅びと通信」、第5回目の今回は、オペラ《カヴァレリア・ルスティカーナ》ゆかりのシチリア島、ヴィッツィーニ村の訪問記です。
「オペラツアー」を組む目的は、いくつかあります。
最大の目的は、欧米の有名歌劇場で、いい公演を鑑賞することでしょう。
特にヨーロッパのオペラハウスは、建物自体に訪れる価値があります。劇場そのものが歴史的な建築物である場合も少なくありません。個性豊かな劇場の雰囲気を味わうだけでも、はるばる来てよかったと思えます。一回の旅で複数の国の複数の劇場を訪れることができるのも、ヨーロッパのオペラツアーの魅力です。
もちろん、一番大事なのは公演の内容です。有名スターが出演する人気演目から、実力派が揃う注目公演まで選択肢はいろいろですが、なるべく多くの方にご満足いただける公演を選ぶよう、心がけています。
さて、「オペラツアー」ならではのもう一つの目的は、オペラや作曲家の「ゆかりの地」の訪問です。
一般的な観光地ももちろん訪問しますが、ヴェルディやプッチーニ、モーツァルト、ワーグナーといった有名作曲家のゆかりの場所をめぐるのは、興味をそそられるもの。特に、その旅で鑑賞した作曲家のゆかりの場所だったりすると、感銘もひとしおです。
これまで訪れた「作曲家ゆかり」の場所の中で、一番印象に残り、繰り返し訪れているのは、ヴェルディが私財を投じて建てた音楽家のための老人ホーム「憩いの家」です。設立してから120年近くたった今でも現役の老人ホームとして使われており、スカラ座のオーケストラや合唱団のOBからフリーランスの作曲家や指揮者まで、音楽家として活躍した方々やその家族が老後を過ごしています。敷地内の礼拝堂には、ヴェルディ夫妻のお墓もあります。
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