佐渡金山で金の延べ棒つかみ取り!?
6月5日、にっぽん丸は佐渡島に停泊中。寄港地観光で佐渡金山に来ています。
歴史では佐渡は流刑地。大河ドラマや時代劇で「佐渡送り」とは、重罪人が罪の償いとして金山の労働力として酷使され一生を終えることとして描かれます。(ドラマなどではかなり脚色も入り実際とは違う部分もあるようですが。)
そんなドラマチックな要素に満ちた佐渡金山とはどんなところだったのかというと…
佐渡金山では1601年に金脈が発見され、江戸幕府の所領となって以来、幕府の財源を支えるだけでなく、世界にも知られるようになるほど大量の金と銀が産出されました。江戸から平成まで388年間に産出した金は78トン、銀2,330トンにのぼり、まさに日本最大の金銀山でした。
坑道は東西3,000メートル、南北600メートル、深さ800メートルに渡って、まるでアリの巣のように拡がります。その総延長は何と約400キロメートルに及び、佐渡~東京間の距離と同じだそうです。
当時の史跡として公開されている、道遊坑、宗太夫坑の中へ。
採掘当時を再現した人形などが展示してあり、当時の様子を知ることができます。
鉱山では通常、坑道を掘り進むと湧水が出ます。この水を運び出す役割を担っていたのが「水替人足(みずかえにんそく)」と呼ばれる人々ですが、真っ暗な中で海底よりも深い地底に延びた坑道に噴出する湧水を運び出す労働が如何に過酷だったかが伺えます。
水替人足は過酷な仕事ゆえに賃金も良かったようですが、あまりの重労働に次第になり手が少なくなり、やがて罪人が働き手として送り込まれるようになったのだそうです。このように水替人足として送り込まれることを「島送り(佐渡送り)」と言い、昨日のブログで書いたような知識人に対する流罪である「島流し」とは区別されるそうです。
坑道を出た後の金山資料館では、金採掘の流れや町並みなどを再現しています。
ここで面白いものを発見しました。その名も「金塊チャレンジ」。アクリルの箱に入った金塊を小さな穴から取り出すのですが、羊羹ほどのサイズでも重さ12.5キロもある金塊は、男性でも片手で半分持ち上げるのも大変です。そして首尾よく持ち上げることができても簡単には取り出せません。金塊を上から握るように持つと穴に手が引っかかってしまうのです。
では、どうするか? 指先に金塊を乗せるしかありません。
見事金塊を取り出すことが出来ると金塊をお持ち帰り出来る!
そんなはずがなくちゃんとガードマンが見張っています。成功すると記念品がもらえるそうです。
金のアヒルですか、銀のアヒルですか…?
日本文化のるつぼ、佐渡
にっぽん丸の日本一周クルーズ、6月5日は佐渡島に寄港しています。
朝7時半に入港、出港は14時半なので、半日の停泊です。
佐渡といえば思い浮かぶのが、金山、トキ、たらい舟などですね。
ヒカリモノ好きのアヒル船長、今回は世界遺産登録を目指す佐渡金山について調べてみました。
佐渡の金山は1601年から平成元年まで400年もの間に亘って開発されました。
金の採掘と製錬には高度な技術が必要であっため、日本各地から山師、金穿り、大工、測量技術者、商人、漁業者など多くの専門の技術者が佐渡に集結したそうです。
また、江戸幕府の直轄領として管理するために赴任した役人によって、江戸の武家文化が持ち込まれました。
一方、法華経の開祖日蓮上人をはじめ、流罪によって佐渡へ送られた知識人もいました。室町時代に能楽を大成させた「世阿弥」も足利義教により佐渡に流され、その結果、佐渡で能楽が広がりました。現在でも日本中の能舞台の3分の1にあたる30以上の能舞台があり、佐渡では能楽が身近な存在だそうです。
ちなみに伝統芸能として有名な「佐渡おけさ」も、元は九州のハイヤ節という酒盛り唄だったのだとか。
このように、歴史的に日本中の様々な伝統文化が集まったことから、佐渡は日本の縮図とも言われます。日本文化のるつぼと言ったところでしょうか。
今回の寄港中、佐渡観光協会の方が、にっぽん丸に乗船して佐渡観光案内の説明と、お祝いの席で謡われる「高砂」の披露をしてくださいました。こんなふうに船内で寄港地の伝統に触れることができるのはクルーズならではの趣向です。
佐渡にて~鬼太鼓(おんでこ)の舞
6月5日
5月31日に名古屋港を出発した10日間の日本一周クルーズもちょうど半分を迎えました。
佐渡両津港では、出雲と同じく沖止めのため、通船で上陸です。
テンダーボートが到着した「あいぽーと佐渡」では、鬼太鼓(おんでこ)の舞で迎えて頂きました。
鬼太鼓とは、その年の五穀豊穣や大漁、家内安全を祈り島内の多くのお祭りで舞われる佐渡にしかない伝統芸能です。5つの流派があるといわれ、今回は阿吽一対の鬼が舞う「鴻上流」(かたかみりゅう)の鬼が航海の安全祈願とお客様の健康を祈念して、舞ってくださいました。
この後、乗客のみなさんは観光に出かけたり。船内で寛いだり、思い思いに過ごします。船内新聞を見ていただくと寄港地での過ごし方がイメージしやすいかもしれません。
さて、佐渡といえばどんなイメージでしょうか?
歴史ドラマに出てくる佐渡金山の話は本当?
次回は金山をめぐる佐渡のお話をさせていただきます!
博多の夏を彩る勇壮華麗な「博多祇園山笠」
博多祇園山笠は、櫛田神社の祇園大祭で775年間続いている伝統行事です。
祭礼は7月1日~15日で、例年1日から「飾り山笠」が展示されるのですが、今年は6月24日から博多で行われた「ライオンズ国際大会」にあわせて、例年より早く「飾り山笠」が展示されています。
早朝5時過ぎから飾り山各所や各町にて辻祈祷や御神入れが行われ博多駅前では、午前11時頃から神事が行われていました。
飾り山笠 に続いて7月10日から勇壮な「舁き山笠」が登場します。
飾り山が建つ場所:
●東流 ●中洲流 ●千代流 ●上川端通 ●博多駅商店連合会 ●キャナルシティ博多 ●川端中央街 ●ソラリア ●新天町 ●博多リバレイン ●天神一丁目 ●渡辺通一丁目 ●福岡ドーム ●櫛田神社
輪島の花火はやっぱりスゴイ!
奇跡的なくらいの凪が続いた今回の日本一周クルーズですが、実は花火大会が開催されるこの日の輪島は唯一風が強かったのです。
今夜の花火、大丈夫かな…スタッフ一同、少々心配しながら日中を過ごしました。
吹き荒れた風は夕方から夜にかけてだんだんと弱まり、花火の時間には煙がいい塩梅に流されるくらいの、ちょうど良い具合に落ち着きました。あ~、良かった。
乗船したお客様から花火の感想をいただくことが出来たのでご紹介します。
「花火の玉が地上から空に向かって火柱となって駆け登り、はるか上空で大輪の花を咲かせるその一部始終を何も遮るものがない中で見るなんてことは、鳥にでもならない限り無理だと思っていましたが、それが輪島港に接岸しているにっぽん丸のデッキの上で実現しました。
それだけでも奇跡のような話ですが、打上のスピードが半端ではありません。ギネスへの登録を狙うほどのド迫力の花火を空を飛ぶ鳥の目線で見ることができて大満足でした。」
それでは、鳥の目線で見る花火、動画でもご覧ください!