飛鳥Ⅱ脇屋元機関長のよもやま話と飛鳥Ⅱクルーズ説明会   ~日本郵船歴史博物館~

日本郵船歴史博物館で講演される脇屋館長代理

来る2月19日(金)14:00~15:30 日本郵船歴史博物館セミナールームにおいて飛鳥Ⅱ脇屋元機関長によりますよもやま話と2017年1月~3月実施の飛鳥Ⅱアジアパシフィックグランドクルーズ等のクルーズ説明会が開催されます。脇屋元機関長は初代飛鳥と飛鳥Ⅱで15年間にわたり機関長として船の安全運航と設備の保守点検に尽力されてきましたが、普段はなかなか聞けないよもやま話です。アジアパシフィッククルーズの見所についても郵船トラベルスタッフがご説明させて頂きます。日本郵船歴史博物館の入館料も含め無料となっておりますので、ご興味ございましたら横浜クルーズセンター 電話:045-640-6560    FAX:045-640-6562  E-Mail:ccy@ytk.co.jp までご予約お願い致します。


投稿者名 影の横浜情報屋 投稿日時 2016年02月04日 | Permalink

祝!「明治日本の産業革命遺産」世界文化遺産登録

「明治日本の産業革命遺産」が正式に世界文化遺産登録されました。

郵船トラベルでも、飛鳥IIの「長崎花火と西国漫遊クルーズ」を組み合わせて軍艦島(旧端島炭鉱)などを巡るツアーを企画しています。

長崎では、話題の軍艦島の他に造船の歴史を知ってもらうため、同じく世界遺産登録された日本最初の洋式スリップ・ドック「小菅修船所」や三菱重工長崎造船所史料館(旧木型場)をコースに組み込んでいます。

三菱重工長崎造船所は、初代飛鳥やクリスタルハーモニー(現飛鳥II)の建造造船所として知られておりますが、特にここをコースに組み込んだのは飛鳥のモデルシップと並んで幻の豪華客船と言われている「橿原丸」のモデルシップが展示されているからです。

「橿原丸」は戦前、当時としては最大級の豪華客船として計画建造されていましたが、太平洋戦争の機運が高まり途中から航空母艦に設計変更されてしまいました。太平洋の貴婦人としての雄姿を見ることはできませんでしたが、その日本郵船のなしえなかった夢を託され建造されたのが初代飛鳥です。並んでモデルシップが展示されているのも理由があるのです。

館内では橿原丸の完成予想図や船内インテリアデザイン画も展示されています。

この機会に「幻の豪華客船の雄姿」に思いを巡らしてみてはいかがでしょうか。

問い合わせ先:横浜クルーズセンター 電話:045−640−6560


初代飛鳥と並ぶ橿原丸モデルシップ

初代飛鳥と並ぶ橿原丸モデルシップ

橿原丸完成予想図

橿原丸完成予想図

橿原丸船内インテリアデザイン画

橿原丸船内インテリアデザイン画


投稿者名 影の横浜情報屋 投稿日時 2015年07月08日 | Permalink

戦後70年節目の年に 〜幻の豪華客船「橿原丸」と初代「飛鳥」〜

初代「飛鳥」の船内には戦前の豪華客船の一等サロンを再現した「飛鳥ラウンジ」というライブラリーに併設されたサロンがありました。重厚なソファーが置かれたそのサロンの壁には一枚の客船の絵が掲げられていましたが、その船の名前は「橿原丸」といいます。三菱重工長崎造船所で建造されていましたが戦争の機運が高まり途中で航空母艦に変更されたため「幻の豪華客船」といわれています。完成すれば28千トンの当時では日本最大級の客船とした太平洋に君臨しているはずでした。

戦後氷川丸の運航を最後に客船事業から手を引いていた日本郵船でしたが、客船事業復活の際に「橿原丸」がなしえなかった郵船の夢を託されて建造されたのが初代「飛鳥」です。完成予想図でしか見たことがなかった「橿原丸」ですが、この度三菱重工長崎造船所史料館に「橿原丸」の船内インテリアデザイン画と橿原丸のモデルシップが「飛鳥」と並んで展示されているのがわかりました。

今年は戦後70年の節目の年になりますが、【長崎ランタンフェスティバルツアー】の中で「橿原丸」にスポットを当てたツアーを企画しました。このツアーでは「橿原丸」とはいったいどんな客船であったのか、また建造された客船転用空母「隼鷹」の壮絶な戦いのドラマを追いながら知られざる昭和史を探っていきます。

ツアー:
長崎ランタンフェスティバルと隠れキリシタンの島「黒島」 3日間<2月出発>


橿原丸の船体模型の奥には初代飛鳥が並んでいます。

橿原丸の船体模型の奥には初代飛鳥が並んでいます。

橿原丸の完成予想図

橿原丸の完成予想図

原爆の爆風にも耐えた三菱重工長崎造船所史旅館の建物

原爆の爆風にも耐えた三菱重工長崎造船所史旅館の建物


投稿者名 影の横浜情報屋 投稿日時 2015年01月13日 | Permalink

被災地へ伝えよう横浜のたまくすの木

横浜港大桟橋入口交差点脇にある横浜開港資料館の中庭に一本のたまくすの木が植えられています。その傍らにはペリー提督横浜上陸図の絵が石碑の中で紹介されています。
ペリー提督横浜上陸図はペリー艦隊に随行していた画家ハイネが日米和親条約締結を描いた絵として歴史の教科書にも登場しています。


ぺリー提督横浜上陸図に描かれた巨木(右端)

ぺリー提督横浜上陸図に描かれた巨木(右端)

誰もが一度は目にしたことがあるこの絵をよく見ると絵の右端に大きな巨木が描かれています。この木が横浜開港資料館の中庭にあるたまくすの木であると伝えられています。

横浜上陸図の絵は幹が太く、現存している木は幹が細いので一見同じ木には見えませんが、それは1866年(慶応2年)の大火と関東大震災の大火で2度消失したためで、焼け残った根元から再び新しい息吹が芽を出し現在のように豊かな葉をつける大きな木となったのです。


横浜開港資料館中庭にあるたまくすの木

横浜開港資料館中庭にあるたまくすの木

にっぽん丸初夏の日本一周】では東北復興支援をテーマのひとつとしておりますが、寄港地の大船渡では陸前高田の奇跡の一本松を訪ねます。奇跡の一本松は被災地のシンボル的存在になっていますが、横浜にも2度の大震災を乗り越えた歴史の生き証人「たまくすの木」があることを伝えることで被災地を勇気づけられるかもしれませんね。

投稿者名 影の横浜情報屋 投稿日時 2014年05月29日 | Permalink

東洋汽船そのあしどり〜日本郵船歴史博物館〜

日本郵船歴史博物館では「東洋汽船そのあしどり」と題した企画展が4月25日から7月27日まで開催されています。

東洋汽船は1896年(明治29年)に設立され、サンフランシスコ航路の運航が開始されました。1926年(大正15年)に客船事業を日本郵船に譲渡しましたが、合併されるまでの約30年間、日露戦争や第一次世界大戦、国内景気の悪化など政情不安の中で生き残りを図る壮絶な歴史を綴ってきました。日本郵船の客船事業の歴史を知るうえでも貴重な記録を展示した企画展となっています。

企画展関連イベントとして5月24日(土)「東洋汽船から日本郵船へ」と題した野間恒氏(海事史家)の講演会、6月28日(土)には「浅野総一郎の石油事業」と題した新田純子氏の講演会が開催されます。直近の野間恒氏の講演会では東洋汽船を創設したマルチ起業家・浅野総一郎の奮闘を語ります。

いずれの講演会も日本郵船歴史博物館 オリエンテーションルーム14:00〜15:00となっています。費用は1,000円(入館料込)です。(要予約)
ご興味ありましたら日本郵船歴史博物館 電話:045-211-1923までお問い合わせ下さい。

日本郵船歴史博物館 公式サイト


投稿者名 影の横浜情報屋 投稿日時 2014年05月23日 | Permalink