小笠原からの嬉しい便り ~奇跡の遭遇!アオウミガメ2000キロの旅~
2019年11月6日、郵船トラベルがチャーターした飛鳥IIは小笠原(父島)に寄港し、海洋生物の生態を調査・研究し、アオウミガメの保全活動を行っている小笠原海洋センターの協力のもと、アオウミガメの放流を行いました。
このときに放流したウミガメが2022年8月21日、台湾北東部の沿岸を日本生まれを示すタグを付け遊泳中、地元のダイバーと遭遇したと、口絵の画像が添えられた嬉しい便りが小笠原から届きました。
小笠原から台湾へ、2,000キロ以上の長い旅、よく頑張りました。見つかったウミガメは2018年小笠原生まれの今は約4才、放流時23センチだった甲羅はタグの長さ3.5センチから推定すると30センチくらいに成長したと思われ、元気な姿に勇気をもらい感激、実はこれはいくつもの奇跡が重なったからこそ知りえたことなのです。
奇跡のお話の前に、まずはウミガメの生態をご紹介しましょう。
「涼しくなってきたね」「じゃあ、そろそろいいかな?」「うん、準備万端」「みんなっ、出発するよ」「おー!」。ここは南の島、容赦なく照り付ける太陽が白い砂浜を熱し、やけたトタン屋根の猫のごとく素足では飛び上がるようにしか歩けない真昼、子ガメたちは地中に身を潜め、来るべき時をじっと待っています。夜の帳が降り、月がのぼり、静かな海を明るく照らすとひんやりした砂の中ではこの時とばかり、もぞもぞと動き始め、こんな会話をしているのかもしれません。
ハネムーナーが南の島を好んで訪れるように、日本近海で生活するアオウミガメも恋愛、結婚、出産の地に南西諸島や小笠原諸島などを選んだようです。
2月~5月ごろ、小笠原諸島へやって来たアオウミガメのカップルは海上でぷかぷか浮かびながら交尾を行います。5月~8月ごろ、母ガメだけが夜の砂浜に上陸し、深さ60センチほどの大穴を掘り、1度の産卵で100個前後の卵を産み落とします。大切な宝物を隠すように丁寧に砂をかけて海に戻ります。これを2週間おきに4~5回ほど繰り返すそうですから、偉大なる母ガメはとてつもないスタミナの持ち主に思えます。
待望の孵化(脱出)は7月~10月ごろに始まります。産卵後2か月ほど経つと自ら殻を破って卵から出てきます。数日間砂の中で過ごした後、皆で協力しあって砂の中から這い出します。赤ちゃんカメの甲羅は4~6センチ程度、昼間に地上に出ると鳥に捕食されたり、太陽の熱にやられてしまうため、砂の温度が下がる夜までじっと待つのです。また、殻の空洞を利用して脱出するため1匹だけではなく、いっせいに砂を掻いたほうが脱出しやすいようです。そして海のわずかな輝きを頼りに、これから始まる大冒険へとすすんでいくのでした。
海へ旅立ったアオウミガメは自力で餌を探さねばなりません。幼体のときは雑食性ですが、甲羅の長さが30センチほどになると草食性の強い雑食に食性が切り替わっていきます。主に海草や海藻を食べるため体内の脂肪が緑色に染まり、アオウミガメの名の由来となりました。少し不思議に思うのは、小笠原付近で一生を過ごすことはなく、餌場となっている本土の沿岸や台湾までも大周遊することです。そして、30年~40年後、再び生まれ故郷に戻り繁殖を行うそうです。ウミガメには生まれた場所を記憶し地磁気を感じる能力があるという説がありますが、詳しいことはわかっていません。
ところで、自然孵化した子ガメの生存率、どのくらいだと思いますか。推定で0.2~0.3%、つまり1,000個の卵(10回の産卵)で、わずか2~3匹だけしか生き残れないことになります。これでは生態を調査するのも難しく、絶滅が危惧されても仕方ありません。そこで、小笠原海洋センターではヘッドスターティング(短期育成放流事業)を行っています。
ヘッドスターティングとは孵化した子ガメを、最も外敵に襲われやすい約1年間、管理飼育し、体重1キロ以上に育ててから放流する事業で1910年から行われてきました。生まれて間もない子ガメは小さすぎて個体を識別するタグを装着することはできませんが、1年間育ったウミガメには後肢に識別番号が記載されたタグを装着して放流します。こうすることにより、どこかの海域で再捕されたとき、出身が判明し、回帰後の上陸回数などを調べることができるのです。また、再捕率も3%と自然孵化に比べ格段に高いのです。
そう、2019年に我々が放流したウミガメはわずか8頭、うち1頭が元気に台湾を周遊していることは再捕率からして奇跡なのです。さらには台湾のダイバーが水中撮影し、その画像が小笠原へ送られたのは見つけてくれたダイバーが小笠原海洋センターのスタッフの知人との繋がりがあったからだとか。
たまたま出会ったウミガメを、水中カメラで撮影し、タグを読み解き、覚えのある日本の関係者に海外から知らせてくれるなんて偶然というよりこれは奇跡かもしれません。
このアオウミガメは暫く台湾沿岸で過ごすと推察されます。そしていつか “お年頃”になって小笠原に戻り、恋をして、かわいい赤ちゃんカメが生まれるよう願ってやみません。
小笠原海洋センターでは1年中、子ガメの飼育を行っているので甲羅磨きや放流などもご体験いただけます。ぜひ、クルーズ船で訪れてみてはいかがでしょうか。それでは最後に2021年の動画とはなりますが、ヘッドスターティングで育成したアオウミガメ放流の様子をご覧ください。
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ボニンブルーに染まる小笠原諸島で亜熱帯の固有種に出会い、マリンリゾートをエンジョイしませんか!
小笠原諸島は16世紀の大航海時代、スペイン船を始めとし、オランダ船、イギリス船、ロシア船も存在を知っていたようですが、日本では領地拡大を目論み、南海探検に船出した信濃出身の武士「小笠原貞頼」が文禄2年(1593)に父島、母島、兄島の3島を発見したとされ、彼の氏姓にちなみ18世紀に小笠原島(諸島)と名付けられました。
小笠原諸島は貞頼が発見した当時から無人島でした。文政13年(1830)、交易の需要を当て込んで入植したのは日本人ではなく、約25人の欧州人、米国人、ハワイの先住民など。無人島だった時代に欧米人などが「無人(ぶにん)」を「ボニン」と発音したことから小笠原の英語で「ボニン」と呼ぶようになったそうです。「ボニンブルー」は現在使われている言葉で小笠原の濃く深い青い海の色のことなのです。そして、小笠原諸島は明治6年(1876)、正式に日本の領有となりました。
東京から約1,000kmも離れた小笠原諸島は一度も陸地続きになったことのない南海の孤島。そのため、ここに棲む生き物は独自の進化を遂げた固有種・希少種が多く、特異な島嶼生体系は「進化の実験場」とも呼ばれ、平成23年(2011)には世界自然遺産に登録されました。
また、冬から春にかけてははザトウクジラが子育てする場所に選び、夏にはアオウミガメが産卵に上陸する自然豊かな楽園です。それでは小笠原諸島に訪れてみたい方のために、今回は海洋での楽しみ方を紹介します。
<アクセス>東京の竹芝桟橋から小笠原海運㈱が運航する「おがさわら丸」を利用します。現在、6日または7日に1便の定期運航で午前11時に出航し、24時間後の同時刻に父島に到着します。東京発着で最短で6日間の旅行となります。航空機の定期運航はないため、船旅が唯一の方法なのです。
もう一つの方法は我らがクルーズ船の利用、こちらは特定日のみの設定となります。ぱしふぃっく びいなすがクルーズ事業を終了するため2023年の春先はにっぽん丸のクルーズのみとなります。
<ホエールウォッチング>小笠原を訪れる人にとって目的のひとつは巨大なザトウクジラのダイナミックなジャンプとブロー(潮吹き)ではないでしょうか。ザトウクジラは冬場に遥か北の海から小笠原を訪れ、恋愛、結婚、出産、子育てを行うのですが、2月~4月上旬までの間に観察できることが多く、この期間を過ぎると北の海へ帰ってしまいます。小笠原周辺海域に1年中生息しているマッコウクジラは、海況が安定する5月~10月に観察することができます。
<ドルフィンスイム・ウォッチング>小笠原でよく観察できるのがハシナガイルカとミナミハンドウイルカ。1年中生息し、海況の安定する5月~10月がベストシーズン。ハシナガイルカは人馴れしにくいため、水族館では見かけない種ですがボートの舳先が作る船首波に乗って遊ぶこともあり、ボート上から楽しめることがあります。
ドルフィンスイムができるのはミナミハンドウイルカ。体長は3m弱、好奇心旺盛で気が向くと一緒に泳いでくれます。ドルフィンスイムは自然に生息するイルカとの出会いですので、遊んでもらえるかはイルカのご機嫌次第です。
<アオウミガメ観察>小笠原は日本最大のアオウミガメ繁殖地!甲羅の長さは90cmほど、ウミガメの中では最大種で存在感があります。5月下旬~8月が産卵期、7月~9月中旬がかわいらしい子ガメが孵化するシーズンです。産卵期は島のあちこちの砂浜に上陸し大きな穴をヒレで掘り、ピンポン玉ほどの卵を100個くらい生みます。穴に砂をかけて戻し、夜明けの海に戻っていきます。産卵は4~5回も繰り返されるそうです。そして45日~75日後、待望の赤ちゃんカメが生まれ、一斉に海へ戻るのです。
タイミングが良ければ自然の産卵や孵化を観察できますが、小笠原海洋センターではウミガメを保護し、飼育しているので餌やりや甲羅磨き体験などでウミガメと直接触れ合うことができます。
ところで、小笠原ではウミガメを食べる文化があるのはご存じでしょうか。もちろん、捕獲数は年間135頭と制限があるのですが、まさにここでしか食べられないご当地グルメです。お刺身や寿司ネタ、煮つけでいただくそうで、味は淡泊、臭みもなく、刺身の食感は馬刺しに近いそうです。ご興味があればお試しください。
小笠原では、ウミガメの食文化を守りつつ、保全活動にも力を入れています。利用しながらも、ウミガメが増えている世界でも珍しい島として、海外の研究者からも注目を浴びています。
小笠原のアオウミガメについてはこちらのブログもご覧ください。
小笠原からの嬉しい便り ~奇跡の遭遇!アオウミガメ2000キロの旅~
<シーカヤック>海に入るのはちょっと苦手、でも自分でなにかをやってみたい方におすすめなのがシーカヤック。未体験だと難しいように思いますが、実はとても簡単。特に歩くのが苦手な人にもおすすめなのです。シーカヤックは海況が穏やかな5月~10月ごろが最適。初心者にはガイドが優しくレクチャーします。シーカヤックでしか訪れることのできないビーチへの上陸やシュノーケリングもできるツアーがあります。小笠原の透明度の高い海で遊ぶ魚や色とりどりの珊瑚を観察しながら楽しくマリンリゾートを満喫できます。
それでは、最後に小笠原村観光局提供のPR動画をご覧ください。
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瀬戸内海の小さな生口島は美しい風景とアートがいっぱい!
瀬戸内海を徒歩で渡ることができるってご存じでしたか?距離にして約80km、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ西瀬戸自動車道(通称しまなみ海道)はそのほとんどに自転車歩行者道が併設され、本四連絡橋の中で唯一歩行可能。その名の通り「海の道」なのです。大島と今治に架かる来島海峡第二、第三大橋の道路は海からの高さ78mでビル20階相当。しまなみ海道の中で最も高く、遥かに芸予諸島の多島美の絶景を楽しむことができます。
芸予諸島は約50の有人離島がひしめき、しまなみ海道には向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島を結ぶ個性的な橋梁が架けられています。クルーズ船は来島海峡大橋または因島大橋をくぐりますが芸予諸島が寄港地となることは少なく、それぞれどのような島かご存じない方も多いかもしれません。今回はレモン薫るアートの島、広島県尾道市に属する生口島をご紹介します。
生口島は本土5島を除き、面積ランキングでは50番目、約31㎢で厳島神社で名高い宮島とほぼ同じ面積の小さな島です。江戸時代は塩田で生計を立てていましたが、現代は温暖な気候を生かし柑橘類の栽培が盛ん。中でもレモンは国内生産量日本一、全国の3割が生口島産なのです。化学肥料・化学合成農薬や除草剤を使わず皮まで食べられるレモンは丸ごと凍らせてすりおろすのがおすすめ。お肉やデザートにふりかけたり飲み物に入れると絶品、果汁だけでは感じられなかったレモン本来の芳醇な香りを堪能して頂けます。輸入品よりちょっとお高いですが是非お試し下さい。
生口島出身の著名人と言えば日本画界の巨匠、平山郁夫画伯(1930-2009)。代表作のひとつ、平成12年(2000年)に薬師寺の玄奘三蔵院伽藍に奉納された大唐西域壁画の製作期間は取材を含めると約20年、見るものを圧倒し、我々をシルクロードに誘う大作です。
300年続く瀬戸田の旧家に生まれ、美しい風景で育った平山郁夫でしたが、中学の学徒勤労動員のさなか広島で被爆し、その体験はその後の仏教、そしてシルクロードの作品に深く影響したと言われています。それでも「私の原点は瀬戸内の風土である」と語り、故郷をこよなく愛し、平成9年(1997年)には瀬戸田に平山郁夫美術館が開館しました。少年時代の作品も収蔵しているので、数々の名作の原点にふれてみてはいかがでしょうか。
お寺と言えば古いと思いますよね。ですが、耕三寺は生口島で最も有名な寺にして、伽藍の建造が始まったのは昭和2年(1929年)。大阪で成功した実業家金本耕三が母の為に故郷瀬戸田に家を建てたことが始まりだそうです。母亡き後は菩提を弔うために出家したそうですが、瀬戸田に誇れる文化財がないことから日光東照宮陽明門、平等院鳳凰堂、清水寺、京都御所紫宸殿、法隆寺など日本各地の名だたる歴史的建築物を原型とし伽藍を建造しました。失礼ながらレプリカには価値がないと思いがちなのですが、平成になってから建築物の特殊性が評価され、15棟が有形文化財として登録されました。絢爛豪華で一見の価値があり「なんだ偽物か」とは言わせない迫力です。
最も高い場所にある「未来心の丘」は5,000㎡におよぶイタリア産の白亜の大理石の丘で彫刻家、杭谷一東によるもの。眼下には瀬戸内海が広がり、エーゲ海を彷彿とさせる、日本とは思えない景観です。若者にも大人気のインスタ映えスポットです。
生口島は「島ごと美術館」とも呼ばれています。平成元年(1989年)から始められた世界一小さなアートプロジェクト「瀬戸田ビエンナーレ」により全部で17の作品が海岸沿いに設置されています。遊び心あふれ、島の風景に溶け込んだ芸術作品ばかり、作家自らが作品の設置場所を選び、その場所にふさわしい・・もしくは自分の作品のイメージに近い場所を選んで設置されています。瀬戸田町の観光案内所には一番人気の巨大なレモンのオブジェがあるので通りかかったら是非ご覧になって下さい。
駆け足で生口島の魅力をご紹介いたしましたがいかがでしたでしょうか?行きたくなった!と思っていただければ幸いです。お伝えした通り、クルーズ船では寄港地となる機会が大変少ない小さな島ですが、だからこそ、瀬戸内海の魅力を肌で感じていただけるとも言えるのです。以下のクルーズが生口島を訪れますので是非ご参加下さい。
2023年2月17日(金)▶2月19日(日) 週末利用
にっぽん丸で航く しまなみ海道 3日間
神戸~生口島(通船)~博多
2023年2月17日(金)▶2月19日(日) 週末利用
【往路新幹線付】にっぽん丸で航くしまなみ海道 3日間
博多駅ー(新幹線)ー新神戸駅・・・PCR検査会場ー神戸~生口島(通船)~博多
※スーペリアツインのみの設定です。
※新神戸駅からPCR検査会場へはご自身で移動してください。
※新幹線はお好きな列車を手配します(普通指定席)。
上記以外のクルーズについては郵船トラベルのホームページをご覧ください。皆様からのご予約、お問合せをお待ちいたしております。
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クルーズでしか訪れることができない秘島の魅力、ドラマティックな東京都島嶼部をEEZ南端の南硫黄島まで、小笠原クルーズで探訪してみませんか
約6,800もの島々で成り立っている日本列島の94%は無人島、とりまく海域はどのような様子になっているのでしょうか。日本は領海、接続水域と排他的経済水域(EEZ)に深海域を多く含んでいます。日本の陸地の面積は世界第61位ですが、海の面積は世界第6位、日本の海域は深海が占め、海水を体積で換算すると世界第4位になるのです。
それでは今回は、小笠原クルーズで周遊することのある東京都島嶼部についてご案内します。まずは、領海等に関する用語を簡単にご説明しますのでお付き合いください(参考資料:海上保安庁 海洋情報部ホームページ)。
●領海
領海の基線からその外側12海里(約22km)の線までの海域で、沿岸国の主権は領海に及びます。ただし、すべての国の船舶は、領海において無害通航権を有します。
●接続水域
領海の基線からその外側24海里(約44km)の線までの海域で領海を除きます。沿岸国が、自国の領土又は領海内における通関、財政、出入国管理(密輸入や密入国等)又は衛生(伝染病等)に関する法令の違反の防止及び処罰を行うことが認められた水域です。
●排他的経済水域(EEZ)
領海の基線からその外側200海里(約370km)の線までの海域で領海を除きます。並びにその海底及びその下です。なお、排他的経済水域においては、沿岸国に一部の権利、管轄権等が認められています(詳細は海上保安庁のホームページ参照)。
日本列島の太平洋側の海底中央部には伊豆から約1,300kmの火山群の海嶺が連なり、島として存在するのは南硫黄島(無人島)までで、排他的経済水域(EEZ)の国境の島とも呼ばれてます。火山群の東側は日本海溝と名付けられ、水深7,000m以上の深さ。西側は最近なにかと話題の南海トラフで水深4,000m級。地球の平均水深が3,800mですので、日本列島は世界的にみて深い海に囲まれているのです。ちなみに環境省せとうちネットによりますと、多島美が美しい瀬戸内海の平均水深はわずか38m!日本海溝と比べると「水たまり」と言えるかもしれません。
東京都は伊豆諸島と小笠原群島に民間人が住む11の有人離島を持ち、この他に岩礁を含む無人島を多数所有し、これらの区域は東京都島嶼部(とうしょぶ)と呼ばれています。八丈島を含む伊豆七島は人気の観光地でもあり、訪れたことがある方も多いかと思います。
訪れるためには船のチャーターかヘリを利用しなければならない二重式カルデラの「青ヶ島」、空港がないため東京から24間の船旅となる小笠原群島の「父島」など有人離島でありながら、同じ東京都でも便利とはとても言えない島もあります。
これらの島々と岩礁は言うなれば海上から見える、“氷山の一角”。海の下には新たな陸地を生み出すエネルギーを秘めた急峻な火山が聳え、連なっているのです。離島の海底からの高さを測るのは地形が複雑なため容易ではなく、比高(注:海底の中の近くの平地と比べる)で表示されることが多いようです。最高峰地点の海上の高さは国土地理院地図を参考にしています。
伊豆諸島の南端、かつては有人離島であり特別天然記念物アホウドリの繁殖地である「伊豆鳥島」は、膨大な数のアホウドリが生息していることが江戸時代、すでに知られていました。明治時代に羽毛採取のため乱獲が始まり、明治45年までに少なくとも500万羽のアホウドリが殺されたと考えられています。
明治35年(1902)、伊豆鳥島は突然噴火し羽毛採取を行っていた島民125人全員の命が奪われてしまいました。当時、近くを航行していた日本郵船の船が大噴火を目撃し、救出のため島に接近したのですが、島民を一人も助けることができなかったそうです。そのため、この噴火は「アホウドリの呪い」と言われるようになったのです。追いかけられてもすぐに飛び立つことができないアホウドリは簡単に撲殺されていたそうですから、呪われても仕方ないのかもしれません・・・。
第二次世界大戦後、絶滅寸前だったアホウドリの保護活動が開始され、昭和40年(1965)の伊豆鳥島測候所(後の気象観測所)閉鎖により無人島となりました。現在、順調に繁殖しているようですが島には研究者や調査員以外は上陸することができません。クルーズ船が伊豆鳥島に接近する航路があれば、船上よりアホウドリの観察をされてはいかがでしょうか。
※アホウドリが生息する伊豆鳥島は一般的に鳥島と呼びます。沖ノ鳥島、南鳥島、沖縄県の鳥島(久米鳥島)と区別するため伊豆鳥島と明記しています。
伊豆鳥島の南約76kmの海上に忽然と孤高の姿を現すのは「孀婦岩(そうふがん)」。海上からの高さ99mで、ザトウジジラがジャンプしたような形をしています。この岩、実は海底から約2,500mと推定される火山の頭頂部なのです。柱状節理も観察でき、第四紀火山(約180万年前から現在まで活動している火山)とされていますが詳細は不明です。
岩の名前の孀婦とは寡婦(やもめ)を意味します。1788年にイギリス帝国のジョン・ミアーズが付近を航行した際、この姿に超人的な力が働いていると感じ、「旧約聖書」創世記19章26節に記された「神の命に背き、後ろを振り返ったために塩の柱となったロトの妻(Lot's wife)」と名付けたそうです。これが意訳されて孀婦となったそうです。
そして東京都心から約1,000km離れた小笠原(父島)よりさらに300km以上南下したところに、冒頭でご紹介したEEZ海域内の南端に国境の島「南硫黄島」があります。ここもれっきとした東京都、外観はピラミッド状、急峻な地形で最高標高は916m、伊豆諸島・小笠原群島の最高峰となります。原生自然環境保全地域に指定されいるので、全域が立入制限地区となっています。
南硫黄島と小笠原群島の間には、父島の南南西約200kmに位置する「北硫黄島」があります。海底火山の噴火浅根の上に出現し、山頂付近での火山活動が確認されていない島で、島の周囲はほどんどが断崖に囲まれ、波が高く、上陸は容易ではありません。現在は無人島となっていますが、太平洋戦争までは母島からの移住者が集落を作って居住していたそうです。
東京都の遺跡調査団により、8世紀~15、16世紀頃に残されたと見られる祭壇や墓地跡、石器や土器などの生活用品が発見されており、これらは本土の縄文・弥生文化とは異なっていることから、ミクロネシア文化圏の影響を受けているものと推定されています。歴史のロマンを感じる北硫黄島、今後のさらなる研究に期待ですね。
「硫黄島」は北硫黄島と南硫黄島の間にあり、いまだに火山活動が活発で、地熱が高く、島のいたるところに火山性ガス(二酸化硫黄)の噴気口があるため、その名の由来となりました。太平洋戦争末期にアメリカ軍が上陸し「硫黄島の戦い」で多くの両国兵士が戦死した激戦地で、米兵が星条旗をかかげる写真『硫黄島の星条旗』があまりに有名になり、ワシントンD.C.にある合衆国海兵隊記念碑のモデルとなりました。
現在、硫黄島には海上自衛隊と航空自衛隊の基地が置かれていて、基地関係者以外の立ち入りはできないそうです。
いかがでしたでしょうか。海上から見る島や岩礁はわずな姿、とはいえ山登りをしなくても、活動を続ける火山の頭頂部を見ていることになります。小笠原クルーズでは、伊豆鳥島や孀婦岩周辺を通航するのですが硫黄三島まで周遊するクルーズは少なく、父島での滞在とともに、東京都島嶼部の魅力を体感できる貴重な機会なのです。ぜひ、このようなクルーズがありましたらご参加してはいかがでしょうか。
※小笠原の観光情報は「小笠原村観光局」のホームページをご参照ください。
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せとうちの海に浮かぶ、ちいさな宿。「ガンツウ」の2022年12月~2023年5月の新スケジュールをご案内します。
2017年10月に就航し、国内外に唯一無二の旅のカタチを知らしめた「ガンツウ」。わずか19室、38名(最大)のお客様だけを乗せて穏やかで、庭園のようなせとうちを漂うように過ごし、大人の心を癒す旅。三密とは無縁の時間が流れています。
大型のクルーズ船では通航することのできない瀬戸(狭門)の水道やしまなみ海道などを結ぶ個性的な橋の数々をくぐり、少人数だからこそ実施できる早朝の厳島神社参拝や伝統文化・技術にふれる船外体験、そして水揚げされたばかりの鮮魚を漁師さんから直接仕入れるなど、プライベート感覚にあふれた、あなただけの旅。
2020年から「ガンツウ」もコロナ禍の影響を受け、緊急事態宣言などにより一時的に運休を余儀なくされたときもありましたが、運航を続けており、2022年12月~2023年5月の新航路が発表になりました。
「ガンツウ」の基本航路は3日間と4日間、ぞれぞれ4航路(計8航路)となります。2023年の4月と5月に各1航路、連続乗船する5日間を設定しています。それでは、各航路の魅力を簡単にご紹介いたします。
広島県の尾道から山口県の上関まで、原風景の残るせとうちの西側を堪能する4日間です。本航路では、尾道水道や音戸の瀬戸をはじめとする、島と島の間を流れる狭い水道をいくつも通りぬけます。古き良きせとうちを探訪する航路です。
【錨泊場所】1日目:宮島沖、2日目:上関沖、3日目:大三島沖
広島県の芸予諸島の多島美を堪能する航路です。1日目は尾道水道や音戸の瀬戸などの狭水道を抜け、厳島方面へ、2日目は安芸灘ととびしま海道を通過、しまなみ海道の多々羅大橋を東へくぐり、伯方島沖に向かいます。3日目は伯方瀬戸、備後灘、横島沖を通航します。
【錨泊場所】1日目:宮島沖、2日目:伯方島沖
瀬戸内海の名の由来となった「狭門」をいくつも通る、せとうちの魅力を体感する航路です。1日目は他の西回り同様宮島沖へ、2日目は宮島より南下し、忽那諸島(くつなしょとう)の津和地瀬戸を通り、二神島(ふたがみしま)、釣島水道から大三島沖に向かいます。3日目は鼻栗瀬戸、弓削瀬戸を通過し尾道へ戻ります。
【錨泊場所】1日目:宮島沖、2日目:大三島沖
ガンツウの旅のスタイル「せとうち漂泊。」を堪能する船旅です。あえて船外体験は事前に予定せず、その日にもっともふさわしい春の情景へご案内します。1日目は因島大橋をくぐり下大崎群島の豊島(とよしま)沖を通航、2日目は愛媛県の海岸線に沿ってすすみ詫間湾へ。3日目は瀬戸大橋まで足をのばし、伯方瀬戸へ戻ります。多々羅大橋通航後、大三島沖で錨泊。4日目は鼻栗瀬戸、弓削瀬戸を通過し尾道へ戻ります。
【錨泊場所】1日目:伯方島沖、2日目:詫間湾、3日目:大三島沖
海賊と言うと、商船を襲い、金品を略奪する恐ろしいイメージがあるかもしれませんが、村上海賊(水軍)は一線を画し、難所の多い瀬戸内海の航海の安全と交易や流通の秩序を通航料を徴収することにより守った一族で、主に16世紀に活躍していました。本航路では村上海賊にまつわる海域を周遊し、瀬戸内海を舞台に繰り広げられた彼らの足跡をたどります。
【錨泊場所】1日目:大三島沖、2日目:鞆の浦沖
尾道から小豆島まで、岡山県と香川県の間を通航し、過去より現在も物流の中心となった航路を探訪します。銘石「北木御影石」が現在も採掘されている北木島は江戸初期の大阪城修築の際には、大量の石垣石を送り出しています。特産品と景観が魅力の小豆島、城下町丸亀やせとうちアートめぐりなど、船外体験も充実の航路です。
【錨泊場所】1日目:北木島沖、2日目:小豆島沖、3日目:鞆の浦沖
尾道から瀬戸大橋を通航し、玉野沖で錨泊します。翌日は直島諸島 、 水島諸島 、 笠岡諸島 、 小豆島 、 塩飽諸島 などの多数の島々を有する備讃諸島の景観を堪能します。船外体験では小豆島伝統の食文化に触れることができます。
【錨泊地】1日目:玉野沖、2日目:詫間湾
せとうちの伝統文化と技術を2日間かけて体験していただく新しいご提案です。1日目は玉野へ向かい錨泊、2日目は高松にて江戸時代より黒松の育成を行ってきた「高松盆栽」の盆栽家、高松藩主である松平家の保護によって発展した「香川漆器」の生産者を訪れ技法を学びます。3日目は岡山での「備前焼体験」、数々の名刀を生み出してきた「備前長船刀工体験」も予定しています。
【錨泊場所】1日目:玉野沖、2日目:日生沖、3日目:詫間湾
ガンツウ from Daiki Ishii on Vimeo.
<ガンツウご予約、お申込のご案内>
●全航路、広島県尾道市にあるベラビスタマリーナの出港・帰港となります。JR福山駅または広島空港までの往復送迎サービスは、乗下船日当日に限り、事前予約制にてご利用いただけます(追加代金なし)。
●お1人1個、往復の宅配費用が旅行代金に含まれています。
●ベラビスタ スパ&マリーナ尾道での前泊、後泊の手配も郵船トラベルで承ります(別料金)。
●船外体験(原則、乗下船日以外で1日1回)の費用が旅行代金に含まれています。船外体験の内容は乗船後のご案内となります。
●お好きなものを、お好きなだけお召上がりいただけるお食事のほか、アルコールを含む各種お飲み物(特定銘柄を除く)、お部屋のミニバー、ワインセラーのアルコール類も旅行代金に含まれています。
●全室、バスタブ付(一部の客室は露天風呂)と最後尾にも浴室がございます。お部屋タイプは4つ、お部屋サイズは50㎡、80㎡、90㎡です。
●大人の時間をお楽しみいただくため、ガンツウは乗船時、15歳以上の方のみご乗船いただけます。また、お一部屋あたりの定員は1名または2名までとなっています。
詳しくはこちらをご覧ください。船旅にご興味のある方、ご旅行をご検討中の方、お問い合わせ・お申し込みは下記クルーズセンター、または郵船トラベルのホームページをご覧ください。 お待ちしております!!
■東 京☎ 03-5213-9987
■神 戸☎ 078-251-6218
■福 岡☎ 092-475-0011
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