平安時代の添乗員は大変だった? ~現代の熊野詣はクルーズでらくらく~

熊野古道(写真提供:公益社団法人 和歌山県観光連盟)


 「陸の孤島」という言葉があります。文字通り、陸地にありながら絶海の孤島のように容易にたどり着けない場所です。日本列島の約70%が山岳地帯と丘陵地に占められているためこのような場所が多いのですが、その一つが紀伊半島の南端、熊野です。昭和34年(1959年)に紀州本線が開通するまで「陸の孤島」と呼ばれていました。

 車も列車もない平安時代、907年の宇多法皇から1281年の亀山上皇までの374年の間におよそ100度の熊野御幸(上皇・法皇が外出すること)が行われました。その後、中世期には「蟻の熊野詣」と言われるほどブームになり、庶民にも広がったそうです。とはいえ京都から最短でも片道約200km、現在ですら、クルーズ船が寄港する新宮港までは車でも列車でも4時間もかかるにもかかわらず・・・です。


熊野那智大社 牛王神事
(写真提供:公益社団法人 和歌山県観光連盟)

 当時の熊野御幸の様子は平安時代の有名歌人藤原定家の日記「明月記(国宝)」に残っています。これによりますと、当時22歳の後鳥羽上皇の御幸に供奉(同行)した藤原定家は40歳。
 1201年10月5日に京都の城南宮を出発、16日に熊野本宮大社、18日に熊野速玉大社、19日に那智の滝に到達し、難所を越えて26日に京都に帰着する22日間のグランドツアーです。

 彼の任務は一行に先駆けて船や昼食、宿所を設営することでした。日頃はインドア派、小倉百人一首の選者になるほどの歌人は、不慣れながら上皇のために馬を馳せ、御経供養や奉幣(社寺に御経や供物の提供)に奔走します。予定していた宿舎が忌中で利用できないなどのハプニングに見舞われ、夜は上皇に請われエンターテイメントとして歌会の開催。とにかく、ボロボロになるほど大変だったと日記には記載されています。南紀の暑さで体調を崩し、後半は日記の筆がすすまなくなるほど、辛い状態になりました。
 京に戻った翌日は、早朝から旅で利用した雑物(アウトドア用品?)を洗い、先達(山岳の指導者)に返却したとも書いてあります。ご苦労さまでした。


熊野速玉大社
(写真提供:公益社団法人 和歌山県観光連盟)

 あれ、筆者は全く縁が無いと思っていた平安歌人に急に親近感がわきました。定家が行ったことは、まさにお客様のために東奔西走する旅行会社の添乗員!旅行会社の業務は手数料が収入になる営利行為ですが、こんなに大変な目に遭いながらも手配を請け負った定家の目的はなんだったのでしょうか?

 ズバリ出世です。一説によるとこの時の位は左近衛少将でしたが、中将に取り上げて欲しかったそうです。功績をあげて、課長から部長になりたい、という感じでしょうか。
 この話には残念なオチがあります。この年の12月23日徐目(任官の儀式)の日、定家には何の音沙汰もなかったとか(泣)。

  来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ
                          (藤原定家 小倉百人一首) 


熊野古道(画像提供:新宮市観光協会)

 藤原定家のように苦労しなくても、現代の熊野詣はクルーズなら、らくらくです。ちなみに、熊野御幸は天皇を引退した上皇・法皇のみで、現役の天皇は1度も行っていません。
 熊野詣は聖地を目指し、蘇りを願う信仰であり修行であったのですが、実際には遊興の意味合いも兼ねていました。時間もお金も自由に使える引退後の長旅は、いつの時代も現役では難しいようです。

 平成16年(2004年)熊野古道は「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。代表的なルートは紀伊半島の西側「紀伊路」、東側は「伊勢路です。前者がご紹介した御幸が通った道で、道筋には休憩所を兼ねた王子社がまつられていました。後者は、江戸時代に伊勢参宮を終えた旅人達が辿った道で、いわば庶民の道でした。そして中央には熊野三山を結ぶ「中辺路」が通じています。これらの熊野古道は今ではトレッキングを楽しむ方が多く、木々に囲まれた石畳を歩くと夏でも涼やかな風が吹いています。

 熊野古道は新宮市の熊野速玉大社、田辺市の熊野本宮大社、そして那智勝浦町にある熊野那智大社を詣でる道です。古代より神々の霊が隠れ籠る独自の聖域をなした場所に祀られていた熊野三山ですが、不便な場所にあるからこそ、いにしえの高貴な方々を魅了したのかもしれません。すでに訪れている方も多いかもしれませんが、34回も御幸した後白河上皇のように、蘇りを願い、何度も訪れてみてはいかがでしょうか?          


熊野本宮大社(写真提供:公益社団法人 和歌山県観光連盟)

 長らく、運航中止となっていたクルーズは9月後半より再開予定です。古代からの聖地、熊野を訪れ、いにしえの人々の足跡をたどってみてはいかがでしょうか?下記のクルーズが予定されています。
※飛鳥Ⅱの3つのクルーズは事前受付中です。

 ✿2021/9/23-9/26
  にっぽん丸で航く 秋の熊野古道 3泊4日
<新宮停泊>


 ✿2021/11/5-11/8
  飛鳥Ⅱ 横浜 結航路 駿河・熊野ウィークエンドクルーズ① 4日間※

 ✿2021/11/18-11/21
  飛鳥Ⅱ 神戸 結航路 熊野・駿河ウィークエンドクルーズ 4日間※

 ✿2021/11/25-11/28
  飛鳥Ⅱ 横浜 結航路 駿河・熊野ウィークエンドクルーズ② 4日間※ 


 上記の他にも多数コースがございます。お問い合わせ・お申し込みは下記クルーズセンター、または郵船トラベルのホームページをご覧ください。 お待ちしております!!
■東 京☎ 03-5213-9987 
■神 戸☎ 078-251-6218 
■福 岡☎ 092-475-0011 
無料パンフレット請求はこちらからどうぞ!!


投稿者名 emix-remix 投稿日時 2021年07月09日 | Permalink

癒しの屋久島、神秘の時間 ~日本が凝縮された自然に抱かれる旅へ~


 少し前の資料ですが、内閣府が公開している日本の離島の概要(2016年)によりますと、日本は6,852の島から成り立ち、本州、北海道、四国、九州、沖縄を除く有人離島は417を数えます。
 有人離島のひとつ、屋久島は本州から数えて面積ランキングでは13位で約504k㎡。淡路島より少し小さく、本州の1/452の面積ではあるものの、この島には垂直分布と言う九州から北海道まで、亜熱帯から亜寒帯の植生が凝縮されているのです。この極めて稀有な環境が世界自然遺産日本第一号に登録された理由の一つとなっています。


垂直分布図 画像提供:屋久島町屋久杉自然館

 日本の島なんてどこも同じようなものと思って屋久島を訪れたら驚きの光景を目の当たりにします。クルーズ船が着岸する宮之浦港は当たり前ですが海抜0メートル。島の最高峰宮之浦岳は標高1,936mで島のほぼ全域が見上げるような急こう配の山地で占めています。宮之浦岳は鹿児島県のみならず九州最高峰。8位のネマチ(標高1,814m)まですべて屋久島の山なので、洋上のアルプスを呼ばれるのも納得です。

 さて、眩しい太陽が輝くある夏の日、宮之浦港でクルーズ船を降り立つと気温は30℃。潮風が心地よく、都会の30℃とは爽やかさが違います。初めて屋久島を訪れたのなら、もののけ姫の森のモデルとなった苔むす森と白谷雲水峡は外せません。屋久島を訪れる人の多くが宮之浦岳までの登山を希望するのですが、標高1,360mの淀川登山口からでも往復最短10時間。残念ながらクルーズ船では時間的に難しそうです。


 白谷雲水峡で標高600m、ここから苔むす森を目指す標高差約200m程度の4時間のトレッキングコースがあり、道も整備されているので、普段山歩きをされている方なら難なく楽しむことができます。ただ、出発前に準備品としてトレッキング用品の他、必ず雨具、それも傘だけではなく、レインウエアを用意するように言われました。それもそのはず、巨石の隙間に激しい水しぶきとともに、とてつもない勢いで水が流れてきます。
 トレッキングをすすめていくと周囲は緑色に染まる濃い霧にすっぽりと包まれました。森の神様がお住まいになっているとしか思えない神秘の時です。そして雨、海岸の好天が嘘のようです
 

 屋久島はひと月に35日雨が降るとも言われ、年間降水量(1981年~2010年統計)は4,477mm。東京都が1,528mmですから約3倍の雨が降っていることになります。この豊な水が苔むす森を育んでいるのです。


 霧の間になにやら動く気配が・・・森の神様を守る眷属なのか、ヤクシカが屋久杉の間からこちらを見つめています。屋久島には人間2万人、ヤクシカ2万頭、ヤクサル2万匹が共生すると言われ、一説では人が住むはるか昔、まだ屋久島が九州と地続きだった氷河期に渡ってきたとされています。彼らは西部林道あたりの道路にも出てくるので見かけることは容易いようです。
 標高500mを超えると本土の照葉樹林のように針葉樹と照葉樹が混生する森となり、いよいよ屋久杉の森が始まり、標高1,800mあたりまで自生しています。本土の杉の樹齢は約500年、ところが屋久杉は樹齢2,000年を超える巨木があり、長命の理由は緻密で樹脂成分が多く、腐りにくい為だと言われています。


二代大杉(白谷雲水峡) 標高730m付近

 屋久島は巨大な花崗岩が隆起し、積み重なってできた島。当然、栄養成分が豊富な土が乏しく非常に厳しい環境なのです。このため、屋久杉は岩山でゆっくりと成長するためこのような頑丈な木になったそうです。まさに修行僧のように過酷な環境に立ち向かう孤高の姿。屋久杉に比べると本土の杉は「甘やかされたおぼっちゃん」に思えてきました。

 二代大杉より先は登山道となるため、引き返すことになりました。標高1,800m以上の高地になると、風景は一変。樹木もまばらにヤクシマダケ草原帯が広がります。ここは本格登山の方におまかせするとして、麓に下りるとすっかり雨も上がり、熱い日差しが照り付けます。宮之浦港から西に位置する永田集落はハイビスカスの花が咲き、世界自然遺産指定エリアの西部林道はガジュマルの木が茂る亜熱帯の森となります。同じ島でありながら、先ほどまでの苔むす森とは全く異なる植物の生きざまには驚かされます。


南国ムード漂うガジュマルの木

 屋久島はご紹介しきれないほど魅力的な場所の宝庫で、大迫力の滝も見逃せません。南岸には千尋(せんぴろ)の滝、トローキーの滝、西岸には大川(おおこ)の滝も見所です。また、屋久杉についてもっと知りたい方は車で訪れることのできる紀元杉(推定樹齢3,000年)、ヤクスギランド屋久杉自然館もおすすめです。

 長らく、屋久島を訪れるクルーズは中止していましたが、以下のクルーズが予定されています。この機会に是非、屋久島の自然に触れて癒されてみませんか?

✿2021/10/5-10/10
 にっぽん丸 茨城県大洗発着 秋の絶景クルーズ 6日間


 船旅にご興味のある方、ご旅行をご検討中の方、お問い合わせ・お申し込みは下記クルーズセンター、または郵船トラベルのホームページをご覧ください。 お待ちしております!!
■東 京☎ 03-5213-9987 
■神 戸☎ 078-251-6218 
■福 岡☎ 092-475-0011 
無料パンフレット請求はこちらからどうぞ!!


投稿者名 emix-remix 投稿日時 2021年06月30日 | Permalink

日本のいいとこ ~金沢の割烹カウンターで過ごすの夜~


 BS-TBSで2003年から放送されている「吉田類の酒場放浪記」という番組、ご存じでしょうか。イラストレーターで俳人の吉田類(よしだるい)が東京を中心に各地の酒場を巡ります。1回15分の放映時間で巡るお店のほとんどが個人経営、東京という街中の、その地域に密着した地元の方の為の居酒屋です。このわずか15分で不思議とそのお店にいるような楽しい気分にさせてくれます。
 今回ご紹介するのは、東京でもなく、居酒屋でもない金沢の割烹。えらい違いだと思わないでください。門構えも店内もお料理も、まさに割烹なのですが、吉田類が紹介するお店に通じることは、個人経営でけっして敷居が高くなくて、訪れる人を幸せな気持ちにさせてくれる憩いの場所であることです。


夜の犀川大橋、かなり立派です。

 金沢は日本海に流れる浅野川と犀川の間に金沢城や兼六園があり町の中心として発達しました。犀川大橋から香林坊に至る国道157号沿いにある繁華街、片町は居酒屋や割烹などの飲食店が集結する「金沢夜の顔」。金沢駅からは2.5kmほど。ホテルが多い百万五通り沿いからなら1km程度です。さて、今宵は片町へでかけてみましょう。


暖簾をくぐった先には・・・

 割烹「桶田」は繁華街の喧騒が嘘のような静かな路地にあり、そばにはかつて金沢の物流を担っていた大野庄用水が流れ風情ある雰囲気。今は暗渠になっている場所もありますが、犀川に流れはつながっています。
 
 予約をしているとはいえ、最初はちょっとドキドキしながら暖簾をくぐり、格子戸を開けると「いらっしゃいませ」という明るいご主人の声。すっきりとした店内でまず目に飛び込むのは9席のカウンター。ちょっと早かったのかまだ誰もいませんが、促されるままに端の1席を陣取ります。
                                                      

 初めての割烹のお店のカウンター、ましてや歴史ある金沢ともなれば誰しも緊張してしまいますがこのお店ならそんな心配は無用。親子での家族経営とのことでとてもアットホームな雰囲気です。その日のおすすめが書かれた手書きのお品書きからご主人と相談しながらお料理を出して頂きます。


レンコンのすり流し

 まずは日本海の新鮮な刺身の盛り合わせを頂き、そしてレンコンのすり流し(はす蒸し)。桶田自慢の一品で、金沢らしく金箔がちりばめられています。まったりしたあんのお出汁もいいお味。お料理は美しく盛られ、九谷焼など目にも美味しくしてくれる器の数々も楽しめます。同じお料理でも、いつも同じ器で出すことはしないそうで、季節感も出しているようです。
 
 そして、なんと言っても金沢に来たら食べてみたいのが甲箱蟹(こうばこがに)。オスのズワイガニは冷凍をスーパーでも手に入れることができますが、メスの甲箱蟹は水揚げされる時期も限られ(11月6日から12月29日にかけてのみ)地元以外でお目にかかれる機会はめったにありません。筆者はラッキーにもこの時期に訪れたようです。
 このお店の近くには金沢おでんで名高い行列必至のお店「赤玉」の本店があるのですが、ここでも1番人気は、かに面(かにつら)のおでん。地元の人も、季節になれば甲箱蟹を楽しみます。


甲箱蟹、卵を食べてしまってからの撮影です(汗)

 ご主人の軽妙なおもてなしと石川県の地酒ですっかりいい気分になった筆者は食べることに夢中になり、肝心の「のどぐろの味噌焼き」を撮影し忘れてしまいました。後に知ったことですが、ご主人は金沢一と言われた料亭「つる幸(惜しまれつつ2018年に閉店)」で焼きの桶田と呼ばれた職人さん。こちらのブログでものどぐろについてご紹介しましたが、高価なのどぐろを最高の状態で焼いてくれました。皮は味噌とあいまって香ばしく、身は適度に脂が落ちてぷりっとした触感です。

 すっかり夜もふけ、おなかも心も満たされお店を出ました。ちなみにこのお店、お品書きにはお値段が書かれていません。これも初めてなら緊張してしまうことなのですが、同じお料理内容でもし東京なら・・・恐らく倍くらいのお値段ではないかと筆者は推察します。金沢の人が「毎日行きたい」と、とても人気のあるお店とのことで、必ずご予約の上訪れて下さい。
*画像はすべて2019年以前に撮影したものです。

 旅先の気楽なランチも楽しいですが、金沢に訪れることがあれば、是非夜のお料理もお楽しみください。白山の伏流水が流れ込む豊な海で育まれた鮮魚、美味しい水がもたらすお米、野菜、お酒など食材の宝庫で歴史とともに培われた高いお料理の技術や美意識がともに整う場所は日本でも数少ないと思われます。
 以下のクルーズが金沢発着です。金沢は観光場所も充実しているので前泊、後泊してゆっくりお過ごしになるのもおすすめです。運航スケジュールは変更になる場合もありますので郵船トラベルにご確認下さい。

✿2021/7/26-7/28 飛鳥Ⅱ 夏の北前航路 境港・金沢クルーズ 2泊3日
 門司-境港-金沢
✿2021/7/28-7/30 飛鳥Ⅱ 夏の北前航路 酒田・函館クルーズ 2泊3日
 金沢-酒田-函館
✿2021/9/26-10/1 飛鳥Ⅱ 秋の日本一周Aコース 5泊6日
 横浜-函館-能代-金沢
✿2021/10/1-10/6 飛鳥Ⅱ 秋の日本一周Bコース 5泊6日
 金沢-門司-鹿児島-横浜

 まだまだ新型コロナウイルスの感染が収束していないのでご不安をお感じになられている方も多いかと存じます。飛鳥Ⅱの新型コロナウイルス感染症予防対策については4月12日4月15日4月21日の各ブログをご覧ください。また、にっぽん丸の対策についてはこちらの動画をご覧ください。いずれも詳細は郵船トラベルにお問合せ下さい。

船旅にご興味のある方、ご旅行をご検討中の方、お問い合わせ・お申し込みは下記クルーズセンター、またはコース詳細の【旅行代金・お申込み】から!! お待ちしております!!
■東 京☎ 03-5213-9987 
■神 戸☎ 078-251-6218 
■福 岡☎ 092-475-0011 
無料パンフレット請求はこちらからどうぞ!!


投稿者名 emix-remix 投稿日時 2021年05月07日 | Permalink

日本のいいとこ ~日本海の贈り物、金沢でいただく「のどぐろ」~


 日本人は旬を迎えれば必ず1度は食べてみたい高級魚類がありますよね。京都なら冬はぐじ(甘鯛)や松葉ガニ、夏は鱧。季節が過ぎると店頭から姿を消し、また次の年を待ちます。この待ち遠しい気持ちがまた美味しく感じられるのかもしれません。
 さて、今回は都市部でも人気急上昇中の高級魚「のどくろ」について調べてみました。のどぐろの正式名称はアカムツ(赤鯥)で青森県から山口県にかけての日本海側で幅広く水揚げされる魚です。価格はかなりの高額、一般的なサイズは1匹200gで2,000円もします。黒毛和牛くらいの値段なのですが、肉と異なり魚は可食部は半分以下の95g(衝撃です)。さらにサイズが大きくなれば価格率も上がります(例:一匹400g~600gは約7,000円)。


気楽に手が出せる値段ではありません(涙)

 このように高価なのどくろですが、意外にも旬はなく、1年中一定量を捕獲されていることもあり、取引価格も通年、あまり変わらないそうです。価格が下がらない理由のひとつが養殖できないこと。人工授精、人工ふ化の研究はされているのですが、非常に難しく、商業ベースにのっていないのが現状です。


のどぐろの一夜干し

 金沢を訪れたら食べてみたいと思うのが人情、とはいえ高額だと知ってしまったらむむ、躊躇しつつもなおさら頂きたくなりますよね。
 お魚好きなら行ってみたい場所は近江町市場冬になれば松葉ガニが店頭に並び地方発送も出来るので大賑わいですが、鮮魚を旅行中に購入するのは憚るならのどぐろの一夜干しがおすすめ。小ぶりのものなら安価で購入できます。近江町市場には人気の海鮮丼や鰤のカマ焼きなど新鮮な魚介類を出す飲食店も併設しています。のどぐろは気楽なお店の握り寿司で一貫400円~500円位。またゆっくり味わうなら金沢の片町には素敵な割烹のお店も多く日本海の海の幸を使った洗練されたお料理をお楽しみ頂けます。

 さて、のどぐろはなぜこんなに人気なのでしょう。のどぐろは「白身のトロ」とよばれるほど、とにかく脂がのった魚です。刺身や鮨の表面はテカテカしていて、口に入れると、とろけるような味わいです。皮を少し炙ると香ばしさがでてさらに美味しくなります。生でも焼き魚でも美味しく、調理方法はあまり選びません。薄造りはしゃぶしゃぶもおすすめです。脂っぽい魚なので酢橘の爽やかさがお似合い、ちょっと絞ってお召上がり下さい。


 筆者はのどぐろを何度も食したわけではなく、地元ではほんの2回だけ。富山の寿司屋(最後の1貫でした)、金沢の片町の割烹で焼き魚、いずれもほんの一口でした。後ろ髪をひかれつつ、金沢から帰路につくとき、駅でみつけました!炙りのどぐろの棒寿司、ひとつ1,600円です。家に持ち帰るのも待ちきれず、帰りの列車でぺろりと食べてしまいました。のどぐろは肉厚ではありませんが、炙っているので香ばしく冷めても美味。また表面にはうっすら昆布が乗っているのですが、昆布がまろやかな味わいにしてくれます。のどぐろだけを食べるとかなりしっかりとした脂ののった風味を楽しめます。列車の中でしたのでビール片手にいただきましたが、日本酒のほうがお似合いですね。金沢は駅弁も充実していて、香箱蟹や甘えび、金沢牛のお弁当など美味しそうなものがいっぱい。また、季節を変えて金沢を訪れたいと思いました。


炙りのどぐろの棒寿司

 金沢に訪れることがあれば、お寿司屋さんや割烹で、是非のどぐろをご賞味下さい。お店に立ち寄る時間がなければ炙り棒寿司を駅で購入されてはいかがでしょう。以下のクルーズが金沢発着です。金沢は観光場所も充実しているので前泊、後泊してゆっくりお過ごしになるのもおすすめです。運航スケジュールは変更になる場合もありますので郵船トラベルにご確認下さい。

✿2021/7/26-7/28 飛鳥Ⅱ 夏の北前航路 境港・金沢クルーズ 2泊3日
 門司-境港-金沢
✿2021/7/28-7/30 飛鳥Ⅱ 夏の北前航路 酒田・函館クルーズ 2泊3日
 金沢-酒田-函館
✿2021/9/26-10/1 飛鳥Ⅱ 秋の日本一周Aコース 5泊6日
 横浜-函館-能代-金沢
✿2021/10/1-10/6 飛鳥Ⅱ 秋の日本一周Bコース 5泊6日
 金沢-門司-鹿児島-横浜

 まだまだ新型コロナウイルスの感染が収束していないのでご不安をお感じになられている方も多いかと存じます。飛鳥Ⅱの新型コロナウイルス感染症予防対策については4月12日4月15日4月21日の各ブログをご覧ください。また、にっぽん丸の対策についてはこちらの動画をご覧ください。いずれも詳細は郵船トラベルにお問合せ下さい。

船旅にご興味のある方、ご旅行をご検討中の方、お問い合わせ・お申し込みは下記クルーズセンター、またはコース詳細の【旅行代金・お申込み】から!! お待ちしております!!
■東 京☎ 03-5213-9987 
■神 戸☎ 078-251-6218 
■福 岡☎ 092-475-0011 
無料パンフレット請求はこちらからどうぞ!!


投稿者名 emix-remix 投稿日時 2021年05月06日 | Permalink

山内一豊の妻「一番勝負」と高知城


山内一豊の妻と名馬「鏡栗毛」

 1963年から地方紙に連載された司馬遼太郎の歴史小説「功名が辻」で一躍その名が知れた山内一豊の妻。仲間由紀恵が演じた2006年放映、同名のNHK大河ドラマを記憶されている方も多いかと思います。内助の功により、夫の山内一豊が出世し、初代土佐藩主として慶長6年(1601年)高知城を築きました。
 一豊は一国一城の主となるまで織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑に仕え、大変な苦労を重ねてきましたが、それを支えたのが妻の千代だと伝えられています。今回は有名な逸話のひとつをご紹介します。
 一豊の父は岩倉織田家に仕えていたため対立していた同族の織田信長に主君を攻め滅ぼされ討死。山内家は離散の憂き目に遭い当時15歳の一豊も流浪することになりました。

 
 言うなれば勤務していた会社が経営者の親族に乗っ取られ、無職になった状態です。たちまち生活が困窮し、一豊は新しい主君(勤務先)探しに諸国を彷徨うのですが、縁あって、織田家の配下にあった木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に仕えることとなります。一豊が千代と結婚したのは28歳とされていますが、ちょうど木下藤吉郎に仕えたころのようです。戦国時代とはいえ無職で結婚するわけにはいかないですからね。さて、いよいよ千代の内助の功が発揮されます


妻の持参金は名馬になりました。

 ある日、主君 織田信長主催の馬揃え(軍事パレード)が行われました。近く行われる戦(いくさ)の為に戦力を検証するのが目的です。まさに出世のチャンスです。素晴らしい馬に跨り参加したいのはやまやまですが、一豊はまだ十分に資金を持ち合わせていませんでした。そこで、千代は「何かあったときに使いなさい」と両親から託された持参金十両を一豊に差し出し、名馬「鏡栗毛」を購入します。高額なため誰も手が出せなかった名馬(最新鋭の兵器?)で馬揃えに参加したことで、織田信長も名が上がり大いに喜んだ、とのことです。

 気になるのが当時の十両とは現在の貨幣価値ならいくらくらいか?!日本銀行金融研究所貨幣博物館の資料で調べてみました。現代との生活状況があまりに異なるため簡単には言えませんが目安としては、米一石(約150kg)=1両から計算するとこうなります。
2021年2月のうるち米5kgの全国平均が2,133円、21,33円÷5×150=約64,000円。
また、金の価格から算出すると、2021年4月7日の金1gの価格は約6,800円。慶長小判は約15gなので、6,800円×15=約102,000円となります。つまり、60万円~100万円の馬を購入したことになります。千代は馬主、一豊は騎手。千代に先見の明があり、夫の将来に「一番勝負を賭けた」とも言えます。そして夫は妻の期待に応えることになり人生のレースに勝利するのです。


現存天守12城のひとつ「高知城」

 この後、織田信長から豊臣秀吉の時代となり、関ヶ原の合戦では千代のアドバイスで徳川家康側について功名をあげ、初代土佐藩主に任命されたとのことです。夢にまで見た一国一城の主となり、高知城を築城したとき、一豊は56歳になっていました。


「鏡栗毛」に颯爽と跨る山内一豊

 高知を訪れるのなら外せないのが高知城。颯爽と名馬に跨る一豊と名馬を曳く千代の銅像が出迎えてくれます。
 山内一豊の妻があまりに有名なのですが、偉業をなしとげた男性には影で支える奥様がいらっしゃいます。ただ、千代は影の人物ではなく、手綱を曳く馬主であったのではないかと、(偉業をなしとげなかったとしても、多くの家庭がそうなのだと)筆者は思います。
 高知城のふもとに2017年に開館した高知城歴史博物館(ジョーハク)は約6万7千点に及ぶ土佐藩主山内家伝来の貴重な資料を中心に、土佐藩・高知県ゆかりの歴史資料や絢爛豪華な大名道具や美術工芸品の数々を収蔵・展示しています。お城見学とともに訪れてはいかがでしょうか?

※8月6日現在、飛鳥Ⅱでは寄港地での自由行動をお控え頂いてます。飛鳥Ⅱ主催の寄港地観光のみご利用いただけます。

<高知に寄港する飛鳥Ⅱおすすめクルーズ>
 2021年10月19日(火)発「神戸発着 秋の瀬戸内海航行 土佐クルーズ 4日間」
 2021年11月13日(土)発「門司発着 秋の瀬戸内海航行 土佐クルーズ 4日間」
 2021年11月22日(月)発「神戸発着 秋彩土佐クルーズ 3日間」
 
ご興味のある方、ご旅行をご検討中の方、お問い合わせ・お申し込みは下記クルーズセンター、またはコース詳細の【旅行代金・お申込み】から!! お待ちしております!!
■東 京☎ 03-5213-9987 
■神 戸☎ 078-251-6218 
■福 岡☎ 092-475-0011 
無料パンフレット請求はこちらからどうぞ!!


投稿者名 emix-remix 投稿日時 2021年05月05日 | Permalink